「健全な集団・関係性と健康な個人との”好循環”」
Y.ハラリ著『サピエンス全史』によると、今から40~60万年前、地球に、ホモ・サピエンス(人類)が登場しました。その当時、ネアンデルタール人やデニソワ人といった他の人類も生存していました。ネアンデルタール人は、サピエンスよりも身体と脳の許容量が大きく頑強でした。身体も脳も、より小さく弱いサピエンスが生き残れたのは、人類が「集団」で生き、協力することを選択したからです。
何十万間もの進化の過程で、私たちのDNAには、「集団」や「関係性」を尊ぶことがコード(暗号)化されることになったのです。それにフィットしない、つまり集団や関係性を好まず独りで生きようとする個体は、進化の過程で淘汰されていきました。個体として弱く非力なのですから、「種」として生存するには、その選択は合理的です。
私たちの行動様式やあり方には、集団や関係性への志向性が暗号化されているのです。そこには、私たちの生き方、あり様を「背後」で規定する『引力』のようなものが働いています。独りで生きようとすることは、人類が何十万年もかけて培ってきた内なるDNA、引力に抗うことです。それは生存の危険や恐怖を、私たちの心身に喚起します。
豊かな現代日本で食べられない、眠る場所がない、といった”物理”的危険は、まずありません。しかし、孤立すると、生存恐怖が浮上し、心身にダメージが及びます。最新のイギリスでの研究によると、独居暮らしは、鬱(うつ)、認知症、依存症の危険要因になり得ますし、一日孤独で生きることはタバコを一箱吸ったのと同等のダメージを心身に与えます。イギリスが孤立を社会&経済的問題としてとらえ、「孤立担当大臣」を設定したことは周知の通りです。
今の日本の集団や関係の母型は、「世間」です。そこで私たちは、自我・個性・主体性・自分を殺して、(社会学者宮台真司さんのいう)「ひら目・きょろ目」で生きなければなりません。自我・個性・主体性・自分は、「出る杭」として叩かれます。
主体性の未発達や剥奪・疎外に関連して生まれる心の病に、各種依存症、共依存、暴力、不倫、完全主義、過剰適応、鬱(うつ)などがあります。しかし、世間という集団で生きるには、自ら、主体を殺し疎外し、そこに適応しなければなりません。
サピエンスが生きていくには、集団や関係性が必要です。また、上に書いた心の病をわずらわないためには、また自分らしく生きるためには、自我・個性・主体性・自分の育成と確立が求められます。
ここに矛盾が生まれます。その矛盾を、どうすれば良いのでしょうか?
トランスパーソナル心理学は、「健康な」自我・個性・主体性・自分確立以前の集団やシステムや関係性を「プレパーソナル(pre-personal、個人確立以前)」的と呼びました。それはたとえば滅失奉公を暗黙裏に強要する幼稚で、未成熟な、集団です。味噌も糞も一緒くたな共依存関係です。
一方、健康な自我、個性、主体性、自分の確立した個人からなる集団やシステムや関係性は「トランスパーソナル(trans-personal、個人確立以後)」的です。健康な自我・個性・主体性・自分の育成された人たちからなる集団や関係性です。
トランスパーソナル心理学、統合心理学、成人発達理論の旗手K.ウイルバーによると、トランスパーソナルな集団やシステムや関係性は、全組織の1%と述べています。深層心理学のC.G.ユングは、人が3人以上集まると集団や組織生まれるが、それらは〜たとえその3人がみな健康で理性的であっても〜早晩神経症的いや場合によっては精神病的になるので、自分は関与したくない、と述べました。個人の内面と、集団内に生まれるダイナミクス(力動)とは質が異なり、ユングは個人の心理よりも集団の心理の方が取り扱いが困難、ととらえたのです。集団や組織やシステムとの取り組みは、ユングほどの達人セラピストにとっても、大変だったのです。
私たちは、トランスパーソナルな集団やシステムや関係性が、”1%”もあるのだ!、とウイルバーの見解を肯定的にとらえています。最新の心理セラピー~関係セラピー~の知見によると、私たちの自我・個性・主体性・自分は、「自分独り」で『健全」なものにすることはできま”せん”。
『健康な環境』が必要です。良質な環境、すなわちトランスパーソナルな集団やシステムや関係性に”長期間置かれ、
憩おう中で”、ゆっくり・じっくりと健全な自我・個性・主体性・自分が育っていきます。そこで確立された自我・個性・主体性・自分が、豊かな集団や関係性を支える礎となります。ここに、個人と集団間の好循環が生まれます。
私たちは、ファミリービジネスのセラピーを行う際に、「健康な集団やシステムや関係性」と、「健全な自我・個性・主体性・自分」との『好循環』を意識しながら、ファミリービジネスの”サステナビリティ(永続性)”支援をさせていただいています。
今回、(a)ホモ・サピエンスは集団や関係性なしには生存できないこと、(b)集団やシステムや関係性にはプレパーソナルな自我・個性・主体性・自分の滅私を要求するものと、それらの育成や確立を支援するトランスパーソナルなものとのあること、(c)良質な集団やシステムや関係が”1%”もあること、(d)豊かな集団やシステムや関係性と健全な自我・個性・主体性・自分とが”好循環”になり得ること、(e)それがファミリービジネスの永続性支援に連なる点について、述べさせていただきました。
私たちは、それを実装 / 実現するための具体的方法論とツールを持っています。あなたにご関心があれば、是非ご一緒に取り組みたいと考えます。
本コラムは2名で書いております。
・FBAAフェロー 富士見ユキオ
・FBAAフェロー 岸原千雅子
岸原千雅子 -Profile-
臨床心理士/公認心理師
「オーナー・コーチング:登録商標:」コーチ
ファミリービジネス・アドバイザー認定資格保持者
交渉アナリスト1級 日本交渉協会認定
相続アドバイザー協議会認定会員
英国IFA認定アロマセラピスト
お茶の水女子大学卒業(文教育学部)
認定プロセスワーク2ndトレーニング教師
日本ホリスティック医学協会 顧問
日本トランスパーソナル学会 理事
株式会社インテグリティ 代表取締役
一般社団法人ファミリービジネス支援センター 代表理事
「アルケミア」こころとからだの相談室 代表(2002年開業)
各種家族療法の知見を取り入れ、カップル・セラピー、フ
ァミリー・セラピーの実践に長年取り組んでいます。
また、
・心療内科(赤坂溜池クリニック)での15年にわたるカウンセリング
・小・中学校、看護学校でのスクールカウンセリング
・がん患者と家族のためのカウンセリング(vol-next)
・医学・心理学関連の、編集・ライティングの経験
などを活かし、医療機関や学校との連携、家族や子どもの支援、
患者と家族の支援なども広く行っています。
《ファミリービジネスの心理支援について》
ファミリービジネス(家族経営企業)のご家族に特有の、以下のような心理支援を行っています。
・家族の円滑なコミュニケーションを図りたい
・ファミリー間の心理的な葛藤や紛争状況を解決したい
・事業承継にまつわる行き違いやトラブルの対処
・オーナーの心の悩み
・後継者世代の心の悩み
・先代と次世代、現社長と後継者の間の、関係改善
・家族メンバーそれぞれの自己実現の応援
・家族会議やファミリーミーティング開催の支援
《その他の支援について》
・相続にまつわる家族関係の修復・改善、および心理的な支援
・離婚や結婚にまつわる心理的な支援
・子育てや子どもに関する悩みの支援
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。