「依存症と調律欠如」
FFI(Family Firm Institute)の年次大会では、「依存症」に関する部会が、継続して行われているといいます。依存症は、FB(ファミリー・ビジネス)を永続するうえで回避できない心と関係性のテーマだからです。
日本のFB(の専門家の間)では、残念ながら依存症や共依存へのまなざしが、欠けています。
今回は、依存症とトラウマの専門医であるガボール・マテの論考から、「調律の欠如」が、「依存症」「発達性トラウマ」に与える影響について、考えます。
マテ氏の著書で、ベストセラーとなった”In the realm of hungry ghosts(『餓鬼たちの領域において』)”の中で、彼は、依存症者は「餓鬼の領域」に住んでいる。そしてそれには「調律欠如」が密接に関連している、と述べています。
どういうことでしょうか?
それを理解するために、マテ自身の幼少期の話から始めましょう。
マテ氏は1944年、ナチスが占領する2か月前のハンガリーに、ユダヤ人夫妻の子どもとして生まれました。
彼が生まれてまもなく、父親はナチスに連れ去られ、15か月間にわたって、強制労働に従事されられます。
その結果、父親と母親は、互いの生存を確認できなくなってしまったのです。
次いでマテが生後5か月の時に、母方と父方の祖父母全員がアウシュビッツ強制収容所で殺害されました。
後に移住したカナダ・バンクーバーで、82歳になり死期の迫ったマテの母親は、マテに次のことを打ち明けます。
彼女の両親が殺害された後、彼女自身が重篤なうつ状態に陥ったこと、そしてマテの面倒をみることができなくなったこと、を。
世話をされなかったマテは、乳児期のほとんどの期間を、ベビーベッドに放置(neglect)されていました。
最低限の、ミルクを与えてもらう、オムツをかえてもらう、ベッドを提供してもらう、といった「物理/身体的なケア」は提供されましたが、乳幼児への「情緒的なケア」は、欠落していました。
ナチスが、ハンガリーの首都・ブタペストに侵攻してきた2日後、母親は泣きやまないマテに困惑し、小児科医に往診を依頼します。
「ガボールの様子がおかしいんです。昨日から、一日中、泣きやみません」
ドクターは次のように返答しました。
「お宅にお伺いしましょう。しかし、ご理解ください。いま街中でユダヤ人の乳児たちが、泣き続けています」
赤ちゃんたちに何が起きたのでしょうか?
赤ちゃんは、言葉もしゃべれず、認知能力が未発達であるのに、ナチスの侵攻に気づいて泣いたのでしょうか?
いいえ、そうではありません。
赤ちゃんたちは、ナチスに、ではなく、ナチスの侵攻に脅え、不安がり、恐怖でいっぱいの親の情緒を無意識裡にキャッチし、吸収して泣いていたのです。
親の心配や悲しみを、スポンジのように吸い取っていたのです。
ナチスのような脅威が出現し、生存の危機が迫ると、多くの親たちは、困惑し、どうしていいかわからなくなって、子どもの情動を調整したり、調律したりすることができなくなります。
親たちの多くは、命の不安、心配、恐怖に囚われ、逃れること(flight)を優先し、必死になることでしょう。
戦う(fight)ことを選択する親もいるでしょう。
固まる(freeze)親もいます。
そうなって当然です。
心に余裕はありません。
しかし、赤ちゃんはどうなるでしょう?
赤ちゃん(の情動)は、放置(neglect)されます。
命(=身体)は助かっても、情動や情緒(=心)に、トラウマを負うことになりかねません。
心の傷が積み重なって、発達性のトラウマが生じます。
親たちに悪気はありません。
生き残りに必死です。
親たちは、現代心理学を知らず、赤ちゃんが親の脅え、不安、恐怖、心配(といった感情)をスポンジのように吸い取る、とは考えません。
が、そのことで、赤ちゃんは、泣き叫びます。
「怖い、殺される、助けて・・・」といった親の言外の情動を吸い取り、全身をばたつかせて泣き叫びます。
その声を耳にして、追いつめられた親の心は、さらに疲弊します。
さんざん泣き続けても、気持ちの調整や調律を提供されない赤ちゃんは、そのうち、情動を「遮断(しゃだん)」します。
「鈍感」になります。
情動的に「崩壊」し、まだ赤ちゃんなのに「重篤なうつ」になる乳児も少なくありません。
そして、親に頼ることを止め、「自分で、自分の感情を落ち着かせること(self-soothe)」を試みます。
(赤ちゃんなのに)「独立心(の芽)」が生れ始めます。
過剰な指しゃぶり、過眠、過剰にミルクをのむこと、自分で身体をゆすること・・・などを通して。
マテによると、そして「餓鬼(hungry ghost)」になっていきます。
これが、調律の欠如や不全が、依存症や発達性トラウマの核心になるゆえんです。
調律が欠如、または不全だと、心にはぽっかりと「穴」が開いています。
その穴を埋めようと無意識裡に、過剰にミルクをのみ、過剰に独立心旺盛に、自分でなんとかしようとする。
彼のたくさんの依存症の患者たち、あるいは共依存者たちと同様、マテ自身もそうだった、と彼は述べています。
調律の欠如と、心にぽっかりと空いた穴。
これが、アルコールやギャンブル依存、買い物依存、摂食障害やセックス依存、ワーカホリック(仕事依存)、ゲーム依存、共依存などの中核にあるのです。
依存症者や共依存者たちは、「独立心」が高く、高機能で、社会に過剰適応していることもよくあります。
人を信用せず、克己心が旺盛で、優秀な人であるケースが少なくありません。
情動を遮断して芽生えた「鈍感力」で、心を守り、防衛することが、社会的に功を奏すからです。
依存症や共依存は、穴を何とかしようとする(ごまかす)代理物です。
とはいえ、それは代理物ですので、「真に」穴を埋めることはありません。
水面下で、空虚感が、うずきます。
マテは、乳児期の調律欠如、発達性トラウマ、放置された穴は、依存症や共依存だけでなく、自己免疫疾患にも、密接な関係があると警告します。
このテーマに苦しむ、FBのメンバーは、少なくありません。
マテはまた、社会的に高機能になったり、立派になったりするためのエネルギー、時間、金銭を、情動、関係性、心の癒し(の作業)に振り分けることを勧めます。
依存症や発達性トラウマとの「本格的」な取り組みには、関係性を通した良質な調律や調整が求められます。
依存症や発達性トラウマの癒しにも有益な調律の技芸(the art of attunement)について、ご一緒に学びませんか?
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。