ファミリーガバナンス再考
ファミリーガバナンス(family governance)のガバナンス(governance)は、ガバメント(govenment、政府)、と語源を同じくします。
近年、ガバナンスについて論じられるようになりましたが、ガバナンスのしっかりしていない会社には、会社に良質なガバメント(政府)がありません。
ファミリーも同じです。ファミリーが、中長期的に上手くいくには、ファミリーに、質の良いガバメント(政府)が必要です。あなたのファミリーには、ガバメント機能はありますか?一般のファミリーにもそうですが、永続を志すファミリービジネス(同族企業)のファミリーには、良質なガバメントが求められます。
ファミリーガバメントについて考える上で大変参考になるのが、エビデンスを重視する家族人類学者で人口統計学者エマニュエル・トッド氏の「家族構造論」です。なぜなら家族構造は、深層から家族システムやファミリーガバナンスに、多大な影響を及ぼすからです。トッド氏は、世界中の家族を、8つの深層構造に分類しました。8つのうち、日本は「家父長型の直系家族」に当たります。この家族形態では、親は子どもに対して権威的で、子供間の権威および権力は不平等です。たとえば、遺産相続は、多くの場合、長男(のみ)に集中し、老いた両親の面倒を長男夫婦がみます。タテ系列の秩序と安定を重んじ、教育に熱心です。家父長型直系家族は、日本、ドイツ、スウェーデン、オーストリア、ベルギー、スコットランド、アイルランド、朝鮮半島、台湾、ベトナム(の一部)に見られます。
それは、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどに流布する「絶対核家族」、フランス北部、イタリア南部、ポーランド、ギリシャ、ラテンアメリカに見られる「平等主義核家族」、ロシア、ブルガリア、中国、キューバなどの「外婚制共同体家族」などと、『構造』や『質』が異なります。
ところで、民主主義が最もフィットするのは、「平等主義核家族」です。日本は、国として民主主義を採用していますが、家族形態からすると、肌が合いません。深層心理学および家族人類学によると、家族の深層構造が、私たちの考え方、認知、情緒、感性、人間性、生き方の質に強い影響を与えます。今日、日本のファミリーにおいて、子供間の相続や男女間の権威や権力の平等性、多様性の肯定が求められています。が、家族人類学的には、平等主義や多様性の肯定は、日本の家父長型家族の深層構造と衝突するため、ファミリーガバナンス、ファミリーガバメントを築くうえで、注意と工夫と慎重さとが必要です。日本の民法には、相続に関するきょうだい間の平等が明言されています。しかし、心理的には、それに抗う家族メンバーは、現代でも少なくありません。
家父長型直系家族は、親、否(いや)、先祖を上位に置く、ピラミッド型の不平等なシステムです。その点に「意識」がなければ、日本のファミリーは、容易に/ 自ずと「負のタテ社会」になります(中根千枝著『タテ社会の人間関係』参照)。精神分析の小此木啓吾氏によると、負の日本的家族は我慢や忍耐を称賛する「マゾ的」になったり、暴力、パワハラ、セクハラ、アルコール、ギャンブル、ゲームなどの各種依存症、共依存の巣窟になったりしかねません(ちなみに、精神分析家で社会心理学者のエーリッヒ・フロム氏によると、ドイツの家父長型直系家族は「サド的」です)。家族システムに「無意識」だと、負のタテ社会が、日本のファミリーを統治するガバメントになりかねません。
精神分析によると、良質なガバナンスのないところには「空白」が生まれるのではなく、「負」のガンバメントが発生し、蔓延します。
近年、ファミリービジネスのビジネス領域では、ガバナンス、コンプライエンス、倫理の重要性が言われるようになりました。しかし、ファミリーに、ガバナスや倫理の欠如している同族企業は少なくありません。日本のファミリーは、家父長型直系家族で、それが放置されると「近代以前の、中世における権威主義的なもの」に、なりがちです。
E.トッド氏は、日本のファミリーを、家父長型直系家族と考えました。が、武家や、一部の強力な農家や商家を除いて、それが日本全体に広がったのは、実は明治維新以降で、たかだか155年しか経っていません。それ以前の日本のファミリーの形態は、多種多様でした。日本の家父長型直系家族は、伝統的な家族構造ではなく、200年も続いていません。ですので、日本のファミリーを、数百年、千年単位で振り返った時に、「その深層構造および真の伝統的家族形態とは、一体何なのか?」という疑問が残ります。
上記の文章で、私は、日本的家父長型の直系家族のマイナス面を述べましたが、プラス面もたくさんあります。秩序と安定を重んじ、教育に熱心な点が、プラス面の一例です。日本の家族システムで育まれる人間性が、災害時などにおける助け合い、お互い様、お陰様という思いや実践に、多大な寄与をしていると考えます。しかし、不平等や暴力や依存症の温床になるケースも少なくありません。
ファミリーセラピーの立場からすると、今後家族が永続するには、ガバナンス、コンプライアンス、倫理への高い意識が、必須です。高い意識のないファミリーが、ビジネスを行っても、質のいいガバナンス、コンプライアンス、倫理をキープすることは困難でしょう。が、これを真に実践するには、ファミリービジネスに携わるオーナーファミリー各メンバーの「心」が、内側から変化、成長、成熟を遂げる必要があります。深層心理学は、その支援を行います。
こうした課題を意識しながら、永続可能なファミリーガバメントそしてファミリーガバナンスを構築していくのは、いかがでしょうか?日本におけるファミリーガバナスは、心理セラピストにとっても、大変な難題です。私たちは、心理セラピーの立場から、ファミリーガバナンス構築のお手伝いをさせていただいています。
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。