リベラルアーツ・セラピーとオーナーコーチング
私たちはファミリーセラピーの一環として、リベラルアーツ・セラピーやオーナーコーチングを実践しています。
「教養」と訳されてきた”liberal arts(リベラルアーツ)”を文字通り訳すと、” libera l”(自由になるための)+”arts”(技芸)です。
それは、古くはプラトンが設立した教育機関 “academia(アカデミア)”などで教えられました。
プラトンは、教育を受けていない、あるいは教養のない人間は精神的「囚人(prisoner)」であると考え、アカデミアで囚人状態にある人間の「自由と解放(liberal)」のための「技芸(arts)」を伝えたのです。
リベラルアーツは近年、ビジネス・パーソンの間で流行っています。
私たちがこの言葉に最初に触れたのは、2000年に出版された石角完爾著、『アメリカのスーパーエリート教育』でした。
アメリカには、リベラルアーツを教育の中心に据えた私立の高校や大学が数百もあります。
囚人から解放され自由になるための基本的技芸を、高校や大学で何年間もかけて、じっくりと学びます。
それが、欧米の学問の強さの源となっています。
リベラルアーツについて学んだ後、希望者は、医師、セラピスト、弁護士、会計士、経営コンサルタントといった高度専門職になるために専門職大学院(プロフェショナル・スクール)に行きます。
プロフェショナル・スクールは、教養は教えず、専門学校として専門領域をトレーニングします。
プラトンは著書『国家』で、洞窟の中で壁に映った「影」を真実と思ってやまない普通の人間を「囚人(prisoner)」と呼んでいます。
影を真実と思い込む囚人のメタファー(譬え)は、東洋でもヒンズー教や仏教にたびたび出てきます。
ちなみに、宮本武蔵著『五輪書』とならぶ江戸時代のベストセラー、佚斎 樗山著『天狗芸術論・猫の妙術』に東洋のアカデミアの一端が描かれています。
プラトンは、自由になるための技芸の中心に「哲学」を置きました。
特にガバナンス(governance)を身につけ「統治者(ガバナー governor)」になる上で哲学は必須だと考えました。
哲学は英語で”philosophy”ですが、それは”philo(愛)”+”sophy(知)”で「知の愛」「愛知」を意味します。
ファミリービジネスの統治者であるオーナーは、哲学を永続的に学ぶべきだと考えています。
良質なファミリービジネスに共通する精神的理念は、「永続性(sustainability)」です。
その理念について根本から学ぶには、数千年にわたって生き延び、永続してきた哲学を参照しない手はありません。
医師、セラピスト、弁護士、会計士、経営コンサルタントに必要な高度な専門性は、現代ではあっという間に陳腐化してしまいます。
例えばAIが今後、専門家の仕事を奪っていくでしょう。
一方、哲学やリベラルアーツは陳腐化せず、これからも永続して生き続けるでしょう。
プラトン=ソクラテスの哲学本は、基本「対話」形式で書かれているので、中学生にも読めます。プラトンは、哲学嫌いにお勧めの本です。
ソクラテス、プラトン、アリストテレス、カント、仏教、老荘思想などを入門書から読んでみるのはいかがでしょうか。
そこから得られるのは
- 自分で考えるブレない力
- 考えたことを基に他人と対話する力
- それを再び自分で考える力
です。
ファミリービジネス・オーナーは、既存の考え(洞窟)の外に出て解放されたところから、ビジネスとファミリーの行く末を自由に考えることが求められます。
深層心理学は、リベラルアーツの最良の分野の一つです。
精神が健全で成熟するには(1)「自我(=精神)理想」と(2)「超自我」との
二つの父性が欠かせない、といいます。
自我理想は、例えるならば「北極星」です。
ポストモダニズムは、それを妄想あるいは幻想にすぎない、と一笑しました。しかし、人間には、自我理想を持たずに質の良い人生を過ごす能力はありません。
自我理想は「一種の精神的本能」です。そのため、それ(父性)が無いと「理想は妄想あるいは幻想にすぎない」という虚無主義的考えが自我理想の場所を占めることになります。すると、長期的で永続的なウエルビーイング(幸せ&健康)ではなく、短期的で刹那的な利益や快楽を求めるようになるでしょう。
それは、ファミリービジネスのサステナビリティを妨害します。
超自我は、人間が社会の一員として生きる上で不可欠な病的自己愛、利己主義、自己中心性を「去勢する能力」あるいは「自己否定する能力」です。
これも自我理想と同様、健全さと成熟に必要です。
企業が永続していくには、既存の成功物語に溺れたり執着したりせず、健全な形で自己否定する力が欠かせません。それは、企業が生き延びるために自らを刷新し、永続的に発展するための健康な負(マイナス)の能力です。
ファミリービジネスの良質な(自我)理想と超自我には、何千年も生き延びた古今東西の哲学やスピリチュアリティを参照するとよいでしょう。
それらは、将来(長期)と今(短期)との、また地球全体(グローバル)と地元(ローカル)とのWIN-WIN関係を愛する知(philosophy)を見える化する行いになるでしょう。
ファミリービジネスが独自に繁栄し永続するための(自我)理想と超自我とを身に着ける支援が、深層心理学です。
ファミリービジネスの自由と解放について取り組むサポートが、リベラルアーツ・セラピーです。
オーナーが、ファミリービジネスのガバナンスに意識的(conscious)になって、オリジナルな統治能力を身に着けるように応援するのが、オーナーコーチングです。
あなたには、リベラルアーツ・セラピーやオーナーコーチングにご関心が出てきたでしょうか?
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。