「人生でやり残した仕事」と「幸福」の関係

いまから約40年前、筆者がアメリカの大学に留学していた頃、授業の一環として病院で「死んでいく人の看取り」のボランティアをする機会がありました。

そのとき、”unfinished business(やり残した仕事)”という言葉を教わります。

やり残した仕事とは、死に際しての「心残り」の事象や出来事です。
その病院は超富裕層向けのものだったためか、「もっと金儲けをしておけばよかった」「会社を大きくできたはずだ」などと言う人は皆無でした。

ほとんどの人が心残りにしていたのは、愛する人や親密な人、家族、友人や大切な部下、上司との「仲たがい」「断絶」「離縁」といった関係性やつながり、絆に関するものでした。

ある富裕層の老年男性の述べた言葉が、いまでも胸に刺さっています。
「幸福は金で買えるほど簡単なものではない。人生をなめていた。死を前に、家族とつながりのない孤独ほどつらいものはない」

あなたは、「ウエルビーイング(wellbeing、幸福、健康)」に2種類あることをご存知ですか?

1つは「へドニア(hedonia)」で、もう1つは「ユーダイモニア(eudaimonia)」です。

へドニアは、感覚的快楽、興奮、躁状態、ハイ・テンション(high tention)、有頂天による幸福です。
刹那的、短期的で、食欲、睡眠欲、性欲などと関係しています。
アルコール、ドラッグ、セックスなどで簡単に手に入れることができ、依存・嗜癖・中毒性の強い幸福です。お金で買える感覚的幸せ感です。

一方、ユーダイモニア(eudaimonia)は、”eu(良い)+”daimonia(守護霊、神霊)”で、古代ギリシャの哲学者のアリストテレスは、それを最良の幸福と考えました。”daimonia”は、プラトンの著書に頻繁に登場し、ソクラテスが頼りにした守護的で先導的な存在です。
“daimonia”は、「霊性」「精神」と訳されることもあります。

ユーダイモニアは、目に見えない世界、スピリチュアリティ、あの世を考慮に入れた精神的幸福です。通常は「人生の意味、目的、使命、永遠、関係性、絆などに関わる幸せ」と説明され、へドニアと異なり、長期的でサステイナブルな幸福です。

ユーダイモニアは、「精神」に関わるものですから「物質」~たとえばお金~ で買うことはできません。インスタントに得ることはできません。
(注 欲求5階層説で有名なアブラハム・マズローは、ユーダイモニアについて研究し、晩年「自己実現」の上に「自己超越」を加え、欲求6階層説に改めました)

プラトンは、『パイドン』(岩波文庫)で「哲学とは死の練習である」と述べています。
プラトンやアリストテレスにとって幸福とは、死やあの世やスピリチュアリティや精神を意識してのことでした。

さて、病院での看取りボラティアの話に戻ります。
死の床でたくさんの人が苦しむのは、「やり残した仕事」に関することでした。
最も多い心残りが、愛する人、親密な人、家族との関係、つながり、絆や友情にまつわる話でした。

それを語るとき、たくさんの人が、苦渋にゆがんだ表情をしていました。
泣いたり、呻いたり、怒鳴ったり、わめいたり、怒ったりする人もいました。

最新の脳科学によると、「物理/身体的」な苦痛を経験したときと、「心」や「精神」の苦痛を経験したときでは、脳の同じ部位が反応するとのことです。脳は、心の苦痛と物理的苦痛とを分けることなく、同じように経験するのです。

だから死の床で、関係、つながり、絆に関するやり残した未完了の仕事を語るとき、たくさんの人が苦悶に満ちた顔つきになっていたのだと思います。
まるで身体的痛みを経験しているかのように。

セラピストとして、あなたのやり残した仕事には早めに取り組んでいただきたい。
愛する人、親密な人、家族との関係、つながり、絆に関することであれば、なおさらです。なぜなら、関係、つながり、絆の修復には、「時間」がかかるからです。
時間は待ったなしです。

あきらめず、くじけず、チャレンジしてください。それは、プラトンの哲学~死の練習哲学~に、通じる営みです。あなたは、ユーダイモニア的幸福を経験することができるでしょう!

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