「いじめとファミリービジネス」

今回は「いじめ」について述べます。なぜなら、いじめはファミリービジネス(FB)の成長や向上、そしてウエルビーイング(健康と幸福)の持続可能性を阻む主な要因の1つだからです。

いじめは、いじめ被害者といじめ加害者の「2人の個人的関係だけ」によるものではありません。特に《継続》しているいじめについては、絶対に違います。周りからは「AとBの2人の問題だ」と映っても、それは誤りです。

いじめは「被害者」と「加害者」そして、それをはやし立てたり、おもしろがったりする「観衆」、それを見て見ぬふりをする「傍観者」の『4つの層構造』があって、はじめてサステイナブルになります(森田洋司・清永賢二著『新訂版いじめ-教室の病』参照)。傍観者つまり見て見ぬふりをする人は、構造的には、いじめの存続に「暗黙の了解」を与えています。

観衆と傍観者は、実際に手を下しません。だから加害者(の一部/間接的加害者)であるとはバレない。しかし、いじめを遺棄/野放しにすることで、いじめ構造の維持に加担します。

ファミリーセラピーでは、ビジネスやファミリーにおけるいじめについて、話題になることが少なくありません。いじめは学校でだけでなく、職場さらに家族でもしょっちゅう起きます。それらのいじめの被害者は、場(=構造)に奇妙な/気味の悪い「空気」の漂っているのを、感じることが少なくありません。

「気味の悪い空気」は「重力」のようです。私たちは、日々、重力(の下方に引く力のある)場で生きていますが、その影響に気づくことはありません。あまりにも当たり前のことになっているため、です。あなたが宇宙飛行士になって「無重力空間」に行かない限り。が、重力は確実に存在し、私たちはそれに常に左右されます。気味の悪い空気も、同様です。その場に長くいる人には、あまりに当たり前のことになっていて、気づくことはありませんが。

いじめの被害者は、その気味の悪い空気に、抗い難いと述べます。気味の悪い空気は、いじめの4層構造の「観衆」と「傍観者」の〈2層〉から、特に生み出されます。それは「肉眼には見えません」が、被害者にとっては、抗うのが困難な分厚い「空気/気圧/引力」のように感じらます(山本七平著『空気の研究)』参照)。(注:空気に関心のある人は、その2層を意識して、場の空気を察知するようにしてみてください)

いじめ加害者の暴力は「肉眼」に見えます。しかし、すれ違った瞬間に「死ね」と発する言葉や「無視」さらには「SNS」による近年のいじめは、より巧妙で卑怯で洗練され「見えにくい暴力」となっています。

一方、「観衆」そして特に「傍観者」は、「いじめの4層構造」についてよく理解しない限り、決して気づか(れ)ない「見えない暴力」です。だからよりたちが悪い。集団セラピーのセラピストは、この見えない暴力を見抜くよう努めます。

さて、いじめに現実的に取り組むには、4層構造のまなざしでも、足りません。
「5層」目に着目する必要があります。5つ目は、「コンプライアンス(法令遵守)不在の層」です。

学校は、かつて「聖域(=治外法権の場)」と妄想され、そこに法律=国家権力~たとえば警察~の入ることを、「教育の敗北」と解されたことがありました。

今もそう考えられているケースがあるかもしれません。持続的いじめは「人権侵害」の犯罪です。刑事事件には、司法の介入が必要です。が学校には、警察、児童相談所、弁護士などの介在なしに《学内》で何とかしなければならない、何とかできるという「万能」的思考がはびこっていました/います。その万能的思考は、いじめ被害者を『絶望』させます。それは、いじめを学内に封じ込め、「外部」から隠す思考だからです。

学校には、いじめの解決力のないことが、少なくないにもかかわらず。

サステイナブルないじめは、次の5層構造からなります。(1)いじめ被害者(2)いじめ加害者(3)観察者(4)傍観者(5)コンプライアンスの不在。
いじめ被害者は、(3)と(4)に、(5)コンプライアンス不在の加わった「ヤバイ/エゲツナイ空気」を無意識に察知して絶望します。

ファミリービジネス(FB)に話を移します。FBの負の風土(負の家風および社風)は、肉眼に見えない(3)(4)(5)の3層から成る空気に、密接に関係します。一方、(5)でコンプライアンスの機能するシステムをもつFBは、健全です。

FBの「ビジネス領域」では、法令遵守は必須です。が、法は「ファミリー領域」には合いそうにありません。ファミリーにとって、法は水臭い。しかし、ファミリーにおけるいじめ~(たとえば旦木瑞穂著『毒母は連鎖する』参照)~の解決には、法の介在の必要となるケースが少なくありません。あるいは「相続」の場面になると法が前面に出て、家族の空気に水が差されます。現代民法は、旧民法の「家督」相続とは違って、「個人」単位での相続をベースとします。負の風土にまみれたFBでは、法で保障された個人の相続意志を、あるファミリーメンバーが表明すると、ワガママ、自分勝手、自己中心的などと非難されかねません。そこには、個人尊重や人権意識はありません。

いじめの構造の5層目は、コンプライアンス、人権尊重、ジェンダー平等、ガバナンス、フェアネス(公平性)の有無に関係します。それらが統合されたシステムは、いじめ被害者にとって、安心、安全、信頼、風通しの良さのあるものです。それは絶望を生みません。

しかし良質な5層目の実現は、簡単ではありません。なぜでしょうか?システムを整えても、それを実践するプレーヤー/メンバーの「心が発達」していなければならないからです。そうでなければシステムは、中身のない/空疎なものに過ぎません。が、心の成長には大変なエネルギー、コスト、時間がかかります。だから心の成長を、ないがしろにしたり、無視/遺棄しがちです。「成人発達理論」は、そう説きます(ケン・ウイルバー著『インテグラル理論を体感する』参照)。

「外身(=システム)」と「中身(=発達 /成熟した心)」の両方があって、はじめてサステイナブルでウエルビーイングな健全な5層目が実現されます。外身が良くても、中身が従来のまま(未発達 /未熟)だと、外身と中身の間に「齟齬(ギャップ)」が生じます。それを埋めるために、未発達な心は『背伸び』をしてごまかします。心は従来のままですが、周りからのプレッシャー(同調圧力)に屈して、中身が発達したのを装います。そこにストレスやフラストレーションの発生は不可避です。それが、より巧妙で悪質ないじめに転嫁される、ということがよく起きます。

私たちのセラピーでは、「外身」もさることながら、倫理や道徳を持つプレーヤーになるために、ファミリーメンバーの「中身」の育成をていねいに、粘り強く支援します。それが叶わなければシステムは立派でも、ファミリーやビジネスに(いつの間にか)いじめがはびこり、ファミリービジネスの成長や向上を阻むことになりかねないからです。

(追記:今回はフジTV問題について考えながら、書きました)

 


本コラムは2名で書いております。
・FBAAフェロー 富士見ユキオ
・FBAAフェロー 岸原千雅子

岸原千雅子 -Profile-

臨床心理士/公認心理師
「オーナー・コーチング:登録商標:」コーチ
ファミリービジネス・アドバイザー認定資格保持者
交渉アナリスト1級 日本交渉協会認定
相続アドバイザー協議会認定会員
英国IFA認定アロマセラピスト
お茶の水女子大学卒業(文教育学部)
認定プロセスワーク2ndトレーニング教師
日本ホリスティック医学協会 顧問
日本トランスパーソナル学会 理事
株式会社インテグリティ 代表取締役
一般社団法人ファミリービジネス支援センター 代表理事
「アルケミア」こころとからだの相談室 代表(2002年開業)

各種家族療法の知見を取り入れ、カップル・セラピー、フ
ァミリー・セラピーの実践に長年取り組んでいます。

また、
・心療内科(赤坂溜池クリニック)での15年にわたるカウンセリング
・小・中学校、看護学校でのスクールカウンセリング
・がん患者と家族のためのカウンセリング(vol-next)
・医学・心理学関連の、編集・ライティングの経験
などを活かし、医療機関や学校との連携、家族や子どもの支援、
患者と家族の支援なども広く行っています。

《ファミリービジネスの心理支援について》
ファミリービジネス(家族経営企業)のご家族に特有の、以下のような心理支援を行っています。
・家族の円滑なコミュニケーションを図りたい
・ファミリー間の心理的な葛藤や紛争状況を解決したい
・事業承継にまつわる行き違いやトラブルの対処
・オーナーの心の悩み
・後継者世代の心の悩み
・先代と次世代、現社長と後継者の間の、関係改善
・家族メンバーそれぞれの自己実現の応援
・家族会議やファミリーミーティング開催の支援

《その他の支援について》
・相続にまつわる家族関係の修復・改善、および心理的な支援
・離婚や結婚にまつわる心理的な支援
・子育てや子どもに関する悩みの支援

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