「エルダーへの羅針盤(コンパス) 〜他者とつながり直す中高年期の心理学〜」
いま欧米世界で「エルダー(elder)」の存在に
関心が高まっています。
“elder”は「高齢者」「年寄り」「老人」と訳されます
が、それは「肉体」の衰えをベースにした訳語です。
高齢者、年寄り、老人には、エルダーよりも、
「オールダー(older)」の方が適切です。
エルダーはオールダーではなく、社会的、心理的経験に
裏打ちされた、心と関係についての知恵を備えた人です。
エルダーには、「ヤンガー(younger、若者)」
との良好な関係で成り立つ、という特徴があります。
ヤンガーとの相対的関係の中で、育成されるのがエルダーです。
また、「エルディスト(eldest、最高齢者)」のように、
それ単体で極まることはありません。
どういうことでしょうか?
エルダーの好例「老子(Lao-tse)」から、考えてみましょう。
「老」は「エルダー」、「子」は「ヤンガー」です。
エルダーとヤンガーという、正反対のものが
1つ(全体)になり、またエルダーとヤンガーが
好循環関係にある、それが老子の意味です。
エルダーはヤンガーを、温かさ、愛、コンパッション
で導き、ヤンガーはエルダーを敬い、従います。
エルダーとヤンガーの両面が、個人の「内面」にあり、
また「対人関係」で生きられること、
それが老子の現代的意味です。
エルダーは、正確には
『エルダー(老)&ヤンガー(子)』です。
エルダーは、いつでもヤンガーのように、遊び、
しなやかさ、軽やかさで一杯になる長老です。
また、常にヤンガーの「無知さ・わからなさ」を愛します。
それは「ネガティブ・ケイパビリティ(負の能力)」への愛です。
エルダーはまた、「メンターン」としても知られます。
メンターンは、エルダーに関する著述家の
チップ・コンリーが、「メンター(指導者)」と
「インターン(実習生)」を掛け合わせた造語です。
メンターンは、実習生や若者から、謙虚に学ぶ指導者です。
元型的心理学のJ.ヒルマンによると、
ヤンガーとの関係の切れたエルダーは、
孤独なオールダー(年寄り)になります。
オールダーは、温かさ、遊び心、しなやかさ、
軽やかさを失った、冷たく、厳格、頑なで、
重々しい高齢者です。
そんなおじいさんやおばあさんに、出会ったことはありますか?
その人の内面は、「さみしい小児暴君」です。
(注:ちなみに、エルダーとの関係の途絶えたヤンガー
は、「自己愛的な永遠の少年・少女」です)
エルダーは、年を取ったら誰もがなれる、というわけではありません。
心、精神、魂、スピリチュアリティを、人工的・意識的
に育てる必要があります。
自然なままでは、心は進展しません。
深まりません。
年齢を重ねるごとに、肉体は衰えていきます。
一方、心はいつまでも伸びる可能性を秘めています。
しかし、中高年期の心の発達は、青年期のように
高み・上方・外側に向かうものではなく、
深み・下方・内側に向かうものです。
今回のテーマは、「エルダー」です。
近年では「ネオ・エルダー(新しいエルダー)」や
「モダン・エルダー(現代型エルダー)」と
呼ばれたりもします。
エルダーの進展は、深み・下方・内側に向かう成熟への道です。
「グローイング・アップ(Up、上に向けた成長)」でなく、
「グローイング・ダウン(Down、下に向けた成長)」です。
ホモサピエンス(人類)が地球に誕生して以来、
今日ほど多くの人間が長生きをする時代は、
歴史上ありませんでした。
そのため、中高年期を、どのうように生きればいいのか、
わからずにさまよっている人がたくさんいます。
グローイング・「ダウン」せずに、青年期と同様、
グローイング・「アップ」を目指していたりします。
肉体的若作り(だけ)を、求めていたりします。
それは、「カテゴリーエラー」です。
進む方向を間違えています。
それでは、混乱が増します。
混乱は、中高年期のうつ状態、無気力、空虚、絶望を生みます。
カテゴリーエラーの起きる理由に、中高年期の
良質なロールモデルの不在があります。
後半生のための羅針盤(コンパス)が、欠落しています。
エルダーについての情報も、教育もありません。
私たちは、ファミリービジネス支援を行っていますが、
高齢になった経営者、オーナーや、そのパートナーが、
事業から引退した後「どう生きたらよいのか」という
質問をたびたび受けます。
その答えの1つが、「エルダー」です。
「高齢者(オールダー)」から「エルダー」へと
変容すること。
とはいえ、エルダーは実は年齢に関係ありません
子どもや青年で、エルダー性を備えた人は、
少なくありません。
エルダーは、ジェンダーとも関係がありません。
日本では、エルダーは男性、と思われがちですが、
女性・男性、あるいは性別を問いません。
中高年期になると、多くの人が方向性を喪失して、
さまよいます。
不安になったり、落ち込んだり、焦ったり、
イラついたりします。
子どもが育ち、更年期を迎えたある女性は、
「空の巣症候群」にさいなまれ、
せっかく昇進したある男性は「中年期の(うつ状態の)
危機」に苦しみます。
しかし、どうしていいかわからず、行き詰って
しまいます。
それまでの人生の指針が、役に立ちません。
方向性を転換(トランジション)しなければ
なりません。
羅針盤が必要です。
そして、変化は必須です。
にもかかわらず変化を避け、アルコール、ギャンブル、
買い物、セックス、ポルノなどの依存性や共依存に陥る
中高年者が、後を断ちません。
分析心理学者C.G.ユングによると、それは私たちが中高年期に
ついて油断し、変化を先延ばしにするからです。
彼は、中年期の開始を35歳と述べ、中年期から
エルダーについて、真摯に取り組むことを勧めました。
それを怠ると、賞味期限の迫った食べ物のような、
残念な後半生になりかねない、と警告します。
彼は、クライエントの後半生が、それぞれオンリーワン
の、上質な熟成ビンテージワインのようになるよう支援しました。
エルダーは、私たちが中高年期の迷いや危機を
経過するための、良質な指針です。
それは、後半生のあらゆるライフスタイル、ワークスタイル、関係性スタイルに有益です。
エルダーシップは、心や関係性の負債を、資産へと
変換する「化学反応」を引き起こします。
あなたは、実り、深み、熟成をもたらすエルダーに、
ご関心がありますか?
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。