毒親?
近年「毒親」という言葉が流布しています。
が、それが、「投影」や「投影同一化」というところから考えられたことは、ほぼありません。
毒親という言葉は、能力のない小物(こもの)の親を「過大評価」させたり、非力な親に「不必要に力を与え」たり、そのことで子ども側が、過度に恐れ、不安がり、震え上がるのを煽(あお)ってしまいかねないところがあります。
ある少年は、夏休みに大好きな田舎に行きました。
そこには美しい海が広がっています。
いつもは、ボートをのんびりと漕いで海を楽しむのですが、その時は、直前に『ジョーズ』の映画を見ていたので、なんとなく不安な気持ちがありました。
ふと気づくと、数分ほど、ボートの中で寝てしまっていました。
起きがけに下を見ると、「黒くて大きなもの」の気配がします。
不安になって、ボートを一生懸命に漕ぎ始めます。
にもかかわらず、黒い大きなものが、まだそこにいます。
汗びっしょりになりながら、さらにガンバって、ボートを漕ぎます。
でも、ついてきます。
不安が確信に変わります。
「サメだ!」
「ヤバイ、もうダメだ!」
息をのむ思いで、ボートの下をチラッと見ると、
「アレッ?」
「黒くて大きなもの」は、何と「ボートの影」でした!
ボートサイスの大きな黒い影を、サメと思い込んでいたのです。
これを、「投影」といいます。
「影」を「投」げること。
そこで見えた幻影を、現実、実態と思い込むこと。
投影は、単なる「絵空ごと」ではなく、しばしば「生々しい臨場感」を醸し出します。
リアルな恐ろしさ、不安を、私たちの心に喚起します。
箒(ほうき)が、幽霊に見える。
能力のない小物の親、非力な親が、「毒親」に映る。
「投影」のなせる技(わざ)です。
ファミリーセラピーをしていると、親世代が子ども世代に、ひどいこと、むごいこと、やばいことをやってきたケースにたびたび出会います。
その中には、「毒親」と呼ぶのにぴったりの親がいます。
が、それよりもはるかに多いのは、「能力のないただの親」「非力な親」たちです。
その親は、「能力がない」ために、その家族で何世代も続く負の「風習」や「システム」に疑問を持てず、悪習に無自覚に従って承継している『だけ』、という場合が、少なくありません。
疑問を持つことの(でき)ない無力、非力、無知な親たち。
その親に対して、子どもが「毒親」と名づける。
少年が「大きくて黒いもの」を「サメ」と思い込んだように。
「毒親」とレッテルを張られた親は、「パワーを持った極悪非道な人物」でなければなりません。
セラピーの場で、そうしたタイプの親と出会うことも、稀(まれ)にあります。
けれども、たいていは、非力で無知な親。
そこにいる現実の親は、小さな親たちです。
力のない、そんな親を「毒親」と呼ぶと、親に多大な力を「与え」かねません。
正確には、実際の親にではなく、毒親「投影」や毒親「イメージ」に、対してですが。
すると、毒親と命名した本人(クライエント)側が、不必要に恐れ、脅え、苦悩することになります。
その影やイメージに対して、防衛的に対応することで、大事な自分の人生をこじらせてしまいかねません。
セラピストやカウンセラーやコーチは、このプロセスに安易に乗って加担しないこと、
クライエントの恐怖を煽らないことです。
親が、毒親なのか、または無力、非力、無知なのか?
無力、非力、無知な親が、代々続く負の家族システムや習慣に、自動反応的に従属しているのか?
それを見極めなければ、クライエントを適切に支援できません。
「投影」は、たびたび相手に「力」を与えます。
たとえば、子どもが非力な親を毒親だと勘違いし続けると(=投影)、非力な親が徐々にパワーを得て、実際にモンスターになっていくことがあります。
これは、「投影同一化」と呼ばれるメカニズムです。
小さな親を、大きな毒親にしないこと、過大評価しないこと。
「毒親」という言葉が流布した背景には、投影だけでなく、投影同一化が作動していることが、ままあります。
セラピストは、クライエントの語る毒親が本当に毒親か、あるいは負の家族システムや習慣への投影がそこにあるのか、実際の親は非力で無知な親にすぎないのか、投影同一化が起きていないか、
などについて、クライエントと一緒に考えていくことが、クライエントのサポートには求められます。
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。