セラピーとコーチングの違いは、何でしょうか?
ファミリービジネスのファミリー支援には、セラピーとコーチングがあります。
私たちは、ファミリー支援を行うに当たって、「セラピー」と「コーチング」と
両方を提供しています。
セラピーとしては「ファミリーセラピー」「カップル / 夫婦セラピー」
「個人セラピー」」を、コーチングとしては「オーナー・コーチング®︎」
「エグゼクティブ・コーチング」「次世代育成コーチング」を、行っています。
セラピーとコーチングとでは、何が違うのでしょうか?
その2つには、「質的」差異があります。
必要に応じて、2つを臨機応変に活用してください。
コーチングは「未来」「目標達成」志向で、クライエントが喜び、笑顔や
ハッピーになることを目指します。
セラピーは、「過去 」志向で「歴史」から学ぶことを大事にし、
クライエントが泣き笑いし、ファミリー、ビジネス、人生の
苦痛や現実に向き合う力の身につくことを支援します。
(注、未来 / 目的志向の「ユング心理学」や「アドラー心理学」、
喜びやハッピーをサポートする「ポジティブ心理学」は、例外です)
セラピストの態度には、「ネガティブ・ケイパビリティ
(negative capability、負の能力)」が欠かせません。
コーチの態度には、「ポジティブ・ケイパビリティ
(positive capability、正の能力)」が必要です。
ネガティブ・ケイパビリティは、「わからなさ」能力。
一方、ポジティブ・ケイパビリティは、「わかる」能力です。
ポジティブ・ケイパビリティは、小学校から私たちが要請されてきた能力です。
あなたは学校で、先生の言ったことを「正しくわかり、理解」
しなければなりませんでした。
これは、コーチにも求められることです。
一方、セラピストは、クライエント・ファミリーの言ったことを鵜吞みにせず、
「わからないこと」をピックアップし、そこに着目していきます。
これは、ギリシャ哲学者ソクラテスの『無知の知』を参照したものです。
無知の知は、「わかったふりをしない」「わかった気にならない」「早計しない」「ごまかさない」ことから
生まれる知です。相手の言ったことが腑に落ちるまで、自分の内面に浮上するいろいろな
思い、考えを心に憩(いこ)わせて、中途半端な気持ちのまま、持ちこたえる丹力です。
現代は、VUCA(ブーカ)時代といわれます。VUCA とは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(両義性)の頭文字から成る造語です。セラピーは、常日頃 VUCA(予測できない未知) と取り組んでいます。一寸先は闇の未知には、「わからなさ」や「無知」を肯定するネガティブ・ケイパビリティが、欠かせません。なぜなら、ネガティブ・ケイパビリティは、予測できない VUCA に対して、『開かれた心の姿勢』の維持を可能にするからです。
セラピストの「わからないこと」は、実はクライエント・ファミリーも「わかっていなかった」場合が少なくなく、
そこがクライエント・ファミリーの問題、悩み、症状の『核心(の入り口)』であることがままあります。
それが、予測外の弁慶の泣きどころ(急所)、という場合が少なくありません。クライエント・ファミリーは、
弁慶の泣きどころ(問題、悩み、症状の核心)であるにもかかわらず、いつの間にかそれに
なじんでしまっているため、そこが「おかしい」ということが「わからなく」なっていたりします。
セラピストに、急所を指摘され、取り組むと、クライエント・ファミリーは、「泣き笑い」することになります。
それは、コーチングの目指す「笑顔」とは違います。「泣き笑い」は「ペーソス / パトス(pathos)」であり、私たちに、
「目から鱗の取れる」体験を、幻滅や苦痛と共にもたらします。それはまた、私たちがファミリービジネス、人生および現実の困難さ、
理不尽さ、不条理に立ち向き合う力を与えます。それには「無知の知力」が欠かせません。
精神分析、ユング心理学、プロセスワークといった深層心理のセラピストになるには、セラピスト候補生が、疑似的にクライエントになって、(1回50分程度のセッションを)150~250回、数年にわたって受けるという「教育分析(training analysis)」が課せられます。一方、長期的教育分析を求めているコーチング・プログラムは、ありません。またプロセラピストには、担当事例の個別スーパービジョンや事例検討会が必須ですが、プロコーチにはそうした要求はありません。こうした点も、2つの差異です。
教育分析やスーパービジョンの有無が意味するのは、より困難で複雑な過去からくる心理的悩み、問題、症状はセラピストに、より容易でシンプルな将来に向けた課題 / 目標達成には、コーチに依頼するのがいいということです。
2つの質の違いに意識的になって、両方を使いわけてください。2つは別のやり方で、ファミリーに、利益をもたらすでしょう。
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。