ファミリービジネス「高齢」オーナー、社長、大株主のセラピー

近年ファミリービジネス(FB)支援を行っていて、「高齢」のオーナー、社長、大株主のセラピーのご要望をいただく機会が増えました。70代はもちろん、80代半ばの男女が、はじめてセラピーを受け始めています。あなたは、高齢者とのセラピーを想像できますか?

古代インドのライフ・ステージ論を参考に見ていきましょう。それは人生を、「学生期(0~25歳)」「家住期(25~50歳)」「林住期(50~75歳)」「遊行期(75~100歳)」の4つに区切って考えました。高齢者は、その中の「林住期」と「遊行期」に属します。「林」や森、つまり静かな場所に移り「住」んで、自分の人生について静かに振り返ったり、思索したりするのが「林住期」です。古代インドでは、「家」に「住」む「家住期」は50歳までで、その後は家を離れて林や森に入る時期、と考えられていました。それによると、ファミリービジネス(家業)に精を出すのは、せいぜい50歳までとなります。が、この区切りは、現代社会になじみません。今のFBにおいては、75歳で現役世代という場合も少なくないでしょう。しかし、50を過ぎるあたりから、「林に住む期」が始まった、と意識することは、人生を豊かにするでしょう。林や森は、深層心理セラピー的には、精神の実のなる場所のメタファーだったりするからです。

人生の最後が「遊行期」です。それは「僧侶が、歩きながら各地に行って、遊ぶ時期」です。これは、僧侶のように、家から「も」、森林から「も」離れ、歩くペースでゆとりをもって生活し、遊び戯れる時期です。西行、一休、芭蕉、聖フランチェスコなどが、この時期の参考になります。

林や森は、静かに思索したり、振り返ったりする「神聖な」場所のメタファーでもありますが、現代社会では、それは「セラピーの場所」に当たるでしょう。深層心理セラピーは、精神的な森林を設え、クライエントを迎え入れます。

「ブッダ(buddha)」は、「目覚めた人」を意味します。仏教によると、人間は、基本的に夢、幻想、妄念、妄想、迷妄、居眠り、錯覚、蜃気楼あるいは酩酊の中にいます。幻想、妄想、居眠り、酩酊は、「無知」から来るものと教えます。仏教は、無知からの「目覚め」を促すものです。現代心理学は、無知を「無意識」と言い換えます。セラピーも、無意識や無知からの「目覚め」を後押しします。

西洋にも、ブッダと同じように考えた人がいます。ソクラテスです。彼は、意識高い系に見える話しのうまいソフィスト(弁術家)を「無知」と考えました。そして、自分の「無知」に気がついていることを「無知の知」と呼び、尊びました。西洋哲学の伝統は、ソクラテスに始まりましたが、それは「自分のバカさの知を促すためのもの」です。ブッダの教えも、「自分の無知蒙昧に目覚めること」です。

深層心理セラピーは、50~75歳の中高年期(林住期)に、それまでの人生で無意識裡にハマっていた幻想、夢、妄念、錯覚、酩酊から目覚めて(waking-up)、素面(sober)になることが、大変重要だと考えます。そうでなければ、この大事な時期に、居眠りし、怠惰なままダラダラ / 長々と、幻想、錯覚、蜃気楼を見続け、晩年を無駄にすることになるからです。目覚めることは、心に、幻滅(それまで抱いてきた幻想を滅すること)の苦痛、違和、不快を生じさせます。が、これこそ「林で住む期」に求められることです。林住期に思索から得られるのは、幻滅から来る悲哀、赦し、感謝、諦観などです。それらを、果実として受け取れることができるか、できないか?その実りを収穫して、心の繁栄に結びつけることができるか、できないか?そんなことを問うのが、ブッダであり、ソクラテスです。その鍵は「コンパッション(compassion)」です。

あなたは、幻滅から来る悲哀、赦し、感謝、諦観を、心の果実、豊かさ、繁栄と考える深層心理セラピーの視点について、ご関心がありますか?

私たちは、FBの林住期にいる人は、自分の人生と真摯に向き合い、ビジネスを振り返り、またファミリーのあり方について思索するように支援することが、欠かせないと考えます。FBのオーナー、社長、大株主は、70代になって、次にやるべきことを見失って悩んでいる場合が、少なくありません。私たちは、次のやるべき仕事として、「ファミリー(パートナー、子どもたち、孫たち、親戚縁者たち)」との情緒的&親密な関係の振り返りや再構築を推奨しています。なぜならFBのオーナー、社長、大株主は、ビジネスに「忙し」くて、ファミリーについて取り組むことが少ないか、ほとんどないからです。

あなたは、医者たちが、死ぬなら「癌」で、ゆっくり死ぬのがいい、というのを聞いたことがありますか?理由の1つは、癌であれば、死ぬまでに時間のある場合が、多いからです。死を前にして、ファミリーと、やり残した心の作業を完了したり、断絶した情緒的な交流を回復したりする時間があるからです。

「忙」は、「心+亡くす」です。ビジネス面での忙しさゆえに「心」を「亡く」して来たFBのオーナー、社長、大株主は、林住期や遊行期に「心」を「生き」直し、時間のあるうちに、ファミリーについて、また親密な関係について、振り返る(reflect)のはいかがでしょうか?それは、子どもや孫世代へ、好影響をもたらすでしょう。

ブッダは若い頃、ある国の王子として、病、老い、死から隔てられ、宮殿で何不自由のない人生を送っていました。ある日、御付(おつ)きの者のチェンナに伴われて、宮殿の外に出ます。そこで出会ったのが、病人、老人、死者たちでした。それが、彼の「目覚め」の第一歩となったのです。ブッダは、宮殿の幻想的な世界の外に出て、病、老い、死の避けられない「人間の一生」を「ありのまま」に見たのです。それはブッダにショックや幻滅をもたらします。この「幻想を滅した」体験によって、彼は正気になり、自分を取り戻します。チェンナは、ブッダへのコンパッションを抱いて、ブッダの目覚めを支援しました。

セラピーは、チェンナがしたのと同じことを、クライエントに促します。クライエントが、人間の悲劇、不幸、不完全、不条理、理不尽、限界および想定外、不可思議、運とまっすぐに向き合い、あるがまま見つめることをサポートします。悲劇、不幸、不完全、不条理、理不尽、限界および想定外、不可思議、運を前にすると、多くの人は、自分の無知や無意識に、「目覚め」を経験します。それには、幻滅の苦痛、悲哀、赦し、感謝、諦観が伴います。が、この種の経験を経ると、クライエントは正気になって、自分のビジネスとファミリーについて、素面で客観的な視座を持つことができます。この醒めた眼差しは、ファミリービジネスのサステナビリティ(永続性)について熟考するうえで、かけがいのないものとなります。

それには、ブッダがしたように家(宮殿)から出ることが、欠かせません。もちろん「精神的に」ですが。
また、コンパッションが欠かせません。

さて、幻滅の苦痛や悲哀を受け入れて「遊行期」に入った高齢者は、精神的なゆとりを持って、人生を遊ぶことができるでしょう。

私たちは、高齢者とのFBセラピーにおいて、チェンナがブッダに行ったのと同じことを、微力ですが、コンパッションを心掛けて行っています。あなたは、高齢のFBのオーナー、社長、大株主とのセラピーに、ご関心を抱きましたか?人生100年時代です。高齢になって時間があるなら、セラピーを試すことを、ご検討ください。人生の「林住期」と「遊行期」に、豊かな実りの時間を持つことができるでしょう。コンパッションについては、また別の機会に述べたいと思います。

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