セラピーは「科学」ですか?

ファミリービジネス(FB)を支援するセラピーを行っていると、「セラピーは科学ですか?」という問いを時に受けます。客観科学は「理系」をおいて、他にありません。社会科学や人文科学は、自らを客観科学にしようと努めてきましたが、真の意味での科学ではありません。が、理系においても「量子力学」の登場以来、客観科学を「古典科学」や「ニュートン-デカルト的科学」と鍵括弧付きで呼ぶようになりました。客観科学が相対化され、絶対的なものでなくなりました。客観科学が客観的でなくなったのです。

客観科学が真の意味で客観的でなくなったのを承知の上で、以下の論を進めます。すべてのセラピーは、大別して「4象限」に分けられます。

4象限の右側は、〈心理的悩み〉を「外側」から「客観的」に見ようとするものです。左側は心の問題を「内側」から「主観的」にとらえるものです。4象限の上側は「個」から見るもの、下側は「集団」からとらえるものです。

①右上は、「外側」「客観的」「個」からとらえるセラピーの象限で、「(個人的)行動科学」「脳生理学」「生物学的精神医学」の領域です。行動療法、脳科学的、神経生理学的セラピーがここを占めます。いわゆる「科学」を標榜するセラピーの多いところです。

②右下は、「外側」「客観的」「集団」からなるセラピーの象限で、「(社会的)行動科学」「社会科学」「システム論」の領域です。多くの家族療法が、ここに当てはまります。組織&集団療法とビジネス・セラピーのほとんども、ここをホームグラウンドとします。

③左上は、「内側」「主観的」「個」の象限で、「心の科学」の領域です。精神分析、ユング心理学、人間性心理学、交流分析がその代表的セラピーです。

④左下は、「内側」「主観的」「集団」の象限で、「文化科学」や「間主観性」を扱います。間主観的セラピー、解釈学や現象学に基づいたセラピーの領域です。

①は、人間を「動物」や「脳」を基準にとらえ、数値化、統計処理しやすい枠組みをもっています。それは、セラピーの利き目を、エビデンスをもって提示します。アメリカには国民皆保険はなく、民間保険があるだけですが、アメリカで、セラピーが広く流布するためには、民間保険会社が、セラピーの有効性を認める必要があります。行動科学は、民間保険会社を説得するうえで、最もふさわしいセラピーです。ここの特徴は、人間を「平均/標準化」して「モノ」扱いするところにあります。「安価」で、最も広がっているセラピーです。

②は、FB支援をを行う上で、基本だけでもマスターしておきたいセラピーの領域です。②の特徴は、主観を「排除」し、システムを客観的に外側から観察&操作するところにあります。①と②のセラピーは、クライエントに冷たさ、水臭さを感じさせやすいので、注意が必要です。

③は、個人の内面、主観的領域なので、外から見ることも、客観的に計測することもできません。個人の価値観、意味、信念、ライフスタイルなどに関わる領域です。「科学者」や「行動科学」が、最も嫌い、無意味あるいはブラックボックスと考える研究領域です。が、個人セラピーを受けるクライエントの大半は、人生の意味、ライフスタイル、スピリチュアリティ、結婚観、価値観などと取り組むことを希求し、精神分析、ユング心理学、人間性心理学のセラピーにやってきます。

④は、②と同じく「集団」を取り扱いますが、外側からでなく「内側」から取り組みます。内側からですので、「主観」が入ります。この主観はクライエント・ファミリーの「関係の中」から生まれる主観であり、「間(共同)主観」と呼ばれます。間主観は「社会」でなく、「文化」を対象とします。これは家族文化のオンリーワン/オリジナル性、つまり「ファミリーネス(family-ness)」や「家族の文化資本」を尊ぶものです。

ファミリービジネスに関わるセラピストは、まず②のシステム論を学び、次に④と取り組むようにするといいでしょう。

ところで、FBに向けた、①は「エコノミークラス」、②は「プレミアムエコノミー」、③も「プレミアムエコノミー」、④は「ビジネスクラス」、②と④とを行きつ戻りつするセラピーは「より良質なビジネスクラス」、①②③④のすべてを網羅するのが「ファーストクラス」のセラピーに譬えられるでしょう。ファーストクラスのセラピーには、たとえばケン・ウイルバーの提唱する「統合的セラピー(integral therapy)」があります。

FBのセラピーに関心のある「ビジネス面」と「オーナーシップ面」を支援する専門家は、最初に②を学ぶようにしてください。クライエントは「ファミリー」ですので、「個」を対象とする①や③ではなく、「集団」に向けた②や④を優先していただきたいと考えます。私たちは、①~④の全てを尊ぶホリスティックで統合的なセラピーを実践すべく、日々、研さんを積み、努めています。

ビジネスクラスやファーストクラスのセラピーは、プライベートバンクやファミリーオフィスの「熟練的リレイショナル・マネージャー」が行っている仕事に、譬えられるかもしれません。あなたが富裕層や超富裕層のファミリービジネスを顧客とする専門家であれば、クライエント・ファミリーの主観にきめ細かく寄り添うビジネスクラスやファーストクラスのセラピーを参照してください。私たちの経験では、富裕層や超富裕層のファミリーは、客観性を前面に出した行動科学的セラピーを、好みません。

ここで、統合的セラピーの見方/やり方を見ていきましょう。「うつ状態」で苦しむ跡取り息子について、あるFBから相談されました。統合的セラピストは、脳生理学や生物学的精神医学に長けた精神科医に、その人をリファーするでしょう。医師は、その人の脳内における「セロトニン」(神経伝達物質の1つ)の欠乏を疑い、抗うつ剤を処方するかもしれません(これは①の領域です)。

しかし、抗うつ剤は、跡取り息子の個人的価値観や生きる意味の支援にはなりません。価値観、人生の意味を探求するには、内面への眼差しが欠かせません。この人は、自分の価値観、人生観、ライフスタイルを追求しようとすると躓き、うつ状態になっていました。ですので、③の領域に目を向けることが求められます。

が、よく話しを聴くと、この人の価値観、人生観、スピリチュアリティが「エコロジー」志向であり(③)、金儲けを優先するFBのカルチャー(文化)に合わないことが見えてきました。彼は、精神性がなく環境に無関心の従来のFBの文化を嫌悪していました(これは④の領域です)

跡取り息子には、彼の価値観を肯定する文化がファミリーになく(④)、内面に眼差しを向け、人生や仕事との意味、意義を掘り下げて考えることができずにいました(③)。④と③とに「対応する」外的相関物の1つが、セロトニンの欠乏です(①)。

家族のシステムに目を向けると、「オーナーシップ会議」には株を多数持っている母親が不在がちで、「ファミリー会議」には父親がたびたび不在でした。システムに「穴」があり機能不全に陥っていたのです(②)。両親は関係が悪く、2人で一緒に会議に出ることはありませんでした。しかし、2人には、従来のFBの文化や価値観を「何となく今のままで良い」とする妄信や風潮がありました(④)。跡取り息子は、システムの穴のため、文化や価値観について、両親の揃ったところで対話/議論できず、見直せず、各会議に出るたびに、ふさぎ込み、うつ状態を悪化させていました。「システムの穴」「システムの機能不全」(②)も、内側(④と③)に「対応する」外側の相関物の1つです。

統合的セラピーにおいては、FBにおける〈心理的課題~例えばうつ状態~〉について、①~④の領域すべてに隈なく目を向け、循環的に取り組んでいきます。客観性と主観性、個と集団の全部を肯定していきます。そのためには、精神科、心療内科、看護、保険、福祉などとの協働が必須です。

セラピーは「科学」ですか?

「FBのセラピーは統合的科学です」が、その問いへの私たちの応答です。

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