ファミリービジネスとホロン(holon)
「ホロン(holon)」という言葉を聞いたことがありますか?
“holon”は、哲学者アーサー・ケストラーの造語です。「全体」を表す”holos”と、「部分」を意味する”on”とから創られました。
哲学、科学、テクノロジーの世界では、歴史的に「部分論」と「全体論」とが対立してきました。部分論は、物事を要素や部分に分解して、事象の本質をとらえようとします。一方、全体論は物事を要素や部分に還元するのではなく、物事全体を丸ごと把握しようとします。その2つのうち、科学やテクノロジーの世界では部分論が基本的に勝利してきました。
一方ホロンは、全体論にも部分論にもくみしません。全体と部分の両方を合体させ、両方を肯定します。ホロンは、部分と全体の対立に終止符を打つ理論です。
ファミリービジネス(FB)は、「ビジネス」「オーナーシップ」「ファミリー」の〈3つの部分/要素〉からなる〈1つの全体〉です。
ですので、FBをそのまま/あるがまま理解するには、ホロンの考え方が大変フィットします!
ホロンからすると、ビジネス、オーナーシップ、ファミリー3要素のどれが機能不全に陥ってもFBは上手くいきません。が、同時に3要素が機能するだけでも足りません。3つがまとめられ昇華されて、1つの全体になる必要があります。
「全体」の視座がないとどうなるでしょうか?どんな不具合が生じるでしょう?
3要素がケンカし始めたり、断片化されたりします。
たとえばビジネスが言います。
「ファミリーさん、ビジネスファーストでお願いします!商売が上手くいかないと、あなた食べていけないでしょう?裕福になれないでしょう?」と。
一方、ファミリーが語ります。
「ビジネスさん、いいかげんにして。いつまで、どこまであなたに尽くせばいいの。もう疲れました。裕福になったけど、心は幸せではない」と。
その間隙(かんげき)を縫ってオーナーシップが独り言をつぶやきます。
「2人のケンカに巻き込まれないようにしよう。クワバラクワバラ。黙っていて配当金がもらえれば、それでいいや!こんな2人を見ていたらFBを承継する気持ちは失せてしまう。好きなことしよう」と。
これが全体性のない「3要素」だけの、よくある低俗な思いの一例です。
3要素の間につながりも、コミュニケーションも、対話もなく、断片されています。まるで、関係の悪い夫、妻、子どもから成るバラバラ家族のようです。程度の差はあっても、どの要素も自己中心的、自己愛的でワンマンです。
今までのビジネス・コンサルティングは、3要素のうち「ビジネス」を排他的に利してきました。それは非ファミリービジネス向けのものです。
が、ビジネス・コンサルティングがどんなに良質でも、「オーナーシップ」や「ファミリー」との対話を意図しなければ、ファミリービジネス(同族企業)『全体』の支援にはなりません。「オーナーシップ」や「ファミリー」とのつながりをないがしろにし、3要素間の関係を断ちかねないためです。
これでは、FBの永続(サステナビリティ)は困難です。
かといって、「ファミリー」の支援を行えばいい、という単純な話しではありません。
ホロンの視座のないファミリー・セラピーは、ビジネスとの対立関係を生み出すだけになってしまいかねません。ファミリー・セラピーという代替案には、ビジネスの単なる「反対勢力」にしかならない危険があります。
そうではなく、ビジネスとオーナーシップとファミリーが1つになる必要があります。
ワンチームにならなければならない。
それにはビジネスも、オーナーシップも、ファミリーも、FBというチーム(全体)のメンバー(部分/要素)である、という自覚が不可欠です。
この時「俺 / 私こそファミリービジネス(の代表)だ」という自己中心的、利己的なワンマンさ、傲慢さを自己否定する能力が求められます。
部分/要素が、全体を乗っ取ってはまずい。
ワンマンさの自己否定は、成熟した健康なマインドがなければ叶いません。
未成熟で病的なマインドは傲慢になりやすく、問題を生みやすい。それがビジネスであっても、オーナーシップであっても、ファミリーであっても。
そうではなく、ファミリーは「FBのために自分たちは何ができるのか」、また「ビジネスにどう貢献できるのか」「オーナーファミリーとして、どんな理念をもって、どう振る舞うことがFB全体およびビジネスの利益になるのか」を考えるようにします。
ビジネスも、ビジネス上の利益に加えて「オーナーファミリーと良質な関係を育成させるにはどうすればいいか」「ファミリーの大切な思いをビジネスで実現するにはどうしたらいいか」を真剣に問い続けます。
ところで「メンバー」は英語で”member”ですが、「1つの全体の、再び(re)メンバー(member)になること」は、”remember(リメンバー、思い出す、想起)”です。
ホロンの視点は、ビジネス、オーナーシップ、ファミリーが、みなFBのメンバーであったことを想起(リメンバー)させます。
ホロンの見方からすると、FBが機能し、成功し、永続するには、ビジネス・オーナーシップ・ファミリーの3要素におけるWIN-WIN-WINの相互依存・相互交流しかありません。
それには3要素がそれぞれ健康な形で自己否定をし、ワンマン/ワンウーマンから、ワンプレーヤ―になって、ワンチームとしてまとまることが欠かせません。
この考えのもとに、私たちはFBに奉仕するファミリーセラピーを行っています。
この時に大切なのは「オーナー」、特に「オーナ&社長」が、FBをホロン的にとらえることのできるようになる点です。
それには、オーナーのマインドの成熟が欠かせません。これには「オーナーコーチング(owner coaching)」が推奨されます。
あなたは、FBをホロン的にとらえる視座にご関心をいだかれましたか?
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。