心の理論とセラピー
今回は、「心の理論」に関することから始めます。
次に紹介するのは、「サリーとアン」の課題と呼ばれている「心の理論」のストーリーです。
サリーとアンがいます。
部屋には、サリーの傍らにカゴが、アンのそばには箱が置いてあります。
サリーはビー玉を自分のカゴに入れました。
その後、サリーは外に散歩に出かけます。
ひとり部屋に残ったアンは、サリーが入れたカゴからビー玉を取り出し、自分の箱に入れます。
そこに、サリーが散歩から帰ってきました・・・
ここで実験者は子どもにたずねます。
「さて、サリーはどこにビー玉を探すでしょう?」
子どもは、こう答えました。
「箱!」
この答えを聞いて、あなたはどう思いますか?
イラストや人形劇を見ながら子どもは、アンがビー玉を箱の中に移し替えたことを知っています。
ですので「箱!」と答えました。
ここには、サリーの側から見たらどう見えるか、どう認識しているか、という観点が欠けています。
これは、自己中心的な認知です。
サリーの立場に立てない、サリーのまなざしを理解できない認識だからです。
幼い心は、自分が知っていることと、サリーの知っていることとの違いが認識できないのです。
他者性がなく、他の誰もが、自分と同じ視点だと思い込んでいます。
自分がビー玉のありかを「知ってるよ!」「そんなのあたりまえじゃん!」と鼻高になってしまったのかもしれません。
発達心理学によると、5歳前後になってはじめて子どもは、自分以外の人間が自分とは違う考えを持っている、ということを認識しはじめる、といいます。
そのくらいの心の発達がなければ、人は自己中心的認知から脱することはできません。
他者は自分とは違う認識を持っていて、それは必ずしも自分が見聞きし、知っている現実と同じではない、違うことがある、と考えることができるようになるのは、心が発達してこそ、なのです。
このように、相手の感情、気もちや心の状態、あるいは考えていることを、相手の立場で理解することができる。それを「心の理論」を持っている、といいます。
つまり、「他者性」を理解する能力がある、ということです。
「心の理論」を持たない人は、「他者」が心理的にわからず、「自己愛(自己中心性)の病理」を抱えることになります。
それは、ファミリービジネスにおける人間関係のトラブルや、認知に関する誤解の根になるでしょう。
さて、この「心の理論」について、なぜ丁寧に紹介してきたかというと、セラピーの中核にある「メンタライゼーション」「共感」「転移(投影)」の理解と取り扱いに欠かせないからです。
「心の理論」の能力を用いて、自分以外の人の心の状態を想像したり、その人の行動を理解しようとする、あるいは予想しようとする姿勢を、「メンタライゼーション」と呼びます。
メンタライゼーションが身に着くと、相手の心を相手の内側から理解すること、想像することが可能になります。
それなしには、カウンセリングの基本といわれる「共感」は、かないません。
メンタライゼーションは、自分と他者の考えの違いを認めたうえで、その違いを良い形で調整したり、協力し合うための交渉を可能にします。
なぜなら、それは、自分を外(第三者的視点)から見ることを後押しするからです。
さて、セラピーで最も強力でプロフェッショナルな介入ツールに、「転移」というものがあります。
転移は、クライエントがセラピストに向ける「投影(思い込み)」ですが、セラピーで転移が起きないことはまずありません。
セラピスト―クライエント関係におけるそうした事実に目を向け、転移分析を積極的に行うのが、精神分析です。
それが分かると、例えばなぜ「善意」のセラピストがクライエントから「悪魔」呼ばわりされたりするのか、セラピストが「しくじった」と思ったセッションを、クライエントから「感謝」されたりするのか、を把握できるようになります。
心の理論があると、クライエントの投影(思い込み)をクライエントの立場から、分析できるからです。
それは間違いなく、クライエントの利益に通じます。
転移分析は、精神分析に限らず、どの学派のセラピーにも、またコーチングにも、コンサルティングにも、大変有益です。
心の理論について、ご一緒に学びませんか?
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。