ファミリービジネスにおけるナルシスズム(自己愛障害性)
あなたは、ナルシスズム(自己愛障害性)という言葉を聞いたことがありますか?
それは、過去40年間にわたってアメリカ心理学の中心的テーマであり続けています。
日本にも、ナルシシズムに苦しんでいる人が少なくありません。
しかし、欧米のナルシシストと姿形が正反対のこともあって、それがナルシズムと特定されることは少なく、日本で大きな話題になることはあまりありませんでした。
アメリカでナルシシストというと「自己顕示欲が強く」「厚顔」で、他人事には「無関心」の自己中心的といったタイプが典型です。
が、それと正反対のナルシシズムのあることは、ほとんど知られていません。
それは「隠れ/引きこもりタイプ」で、「薄皮」で、他人が自分のことをどう思っているか気になってしょうがない「過敏型」です。
これは、従来のタイプとは違う日本に多いナルシスズムです。
2つは一見、真逆ですが、どちらも根っこは同じです。
ナルシシズムは、ファミリービジネスを内側から蝕みます。なぜなら、ナルシシストは極めて自己中心的で、自分勝手、刹那的で、ファミリービジネスの中長期的繁栄や永続性に関心が無いためです。
というより、その病理のため、サステナビリティ(持続可能性)、ジェネラティビティ(次世代育成性/事業承継性)、スチュワードシップ(受託責任)に思いを寄せる能力がありません。
自分の利得や取り分にしか、興味がありません。
対象関係論というイギリスの精神分析は、心を「精神病的なもの」と「健康なもの」との2つに大別します。
たとえば健康な心は、「心にも、物事/出来事/事象にも、白い部分もあれば黒い部分もある、陽だけでなく陰のところもある、従って意思決定には是々非々が欠かせない」と現実的に考えます。
それに対して病んだ精神病的心は、心、物事/出来事/事象を白か黒か、陽か陰かの真っ二つに「分裂」させて、その二つのレンズを通して他人や世界を見ようとします。そのレンズから見えてくるのは、全て単純化された「妄想」です。
なぜなら、心も、物事/出来事/事象も、白か黒か、陰か陽かにスパッときれいに切り分けることのできるものではないからです。心も、人も、物事も、あいまいで、グレーなところ、想定外なところを含んでいます。
にもかかわらず、白と黒とに分けることができると妄信するのは、人工的ゲームや勧善懲悪がメインテーマの子ども向け戦闘ものや時代劇などの中のみのことです。
ナルシシズムは心を白と黒とに「分裂」させて、自分はいつも/常に「白」「陽」「光」「完璧」「理想」「有能」「優秀」の側にいる/いるはずだ、と「妄想」する特権意識、傲慢さ、恥知らずなどから成ります。
自分以外の思い通りにならない者 ~自分の敵はもちろん、自分の手足にならない者、自分のご機嫌を取らない者~ は「黒」「陰」「闇」「不完全」「劣等」の中にいる、と信じてやみません。ナルシシストは、劣等な者を自分の利益のために搾取、コントロールしていいと考えたりします。
欧米に多い「俺様」「女王様」タイプのナルシシストは、「顕示欲、厚顔(無恥)無関心」から成り、イメージしやすいかと思います。
たとえば、白雪姫の母親=女王様がその典型です。
彼女は、自分が完璧に美しく光り輝き、理想を叶えた優秀な人間だ、という選民意識をいだいています。彼女は、母親であるにもかかわらず次世代(娘の)育成に興味がなく、白雪姫を殺すことにためらいがありません。
日本に多いのは、それとは正反対の「隠れ/引きこもり」で「薄皮」で、傷つきやすい「過敏型」です。
このタイプは、一見、謙虚に映ります。
が、その実、特権意識、傲慢さ、選民感を内に秘めています。
「隠れ/引きこもり型」は自分ではなく、自分のパートナー、子ども、先生、仲間を「理想化」します。
そして自分のパートナー、子ども、先生、仲間が、自分の理想を叶えて当然だと妄想しています。
さもなければ「幻滅」して落ち込み、パートナー、子ども、先生、仲間に「裏切られた」「騙された」となって勝手に「傷つき」ます。
「理想」「完璧」「光」「陽」「白」を(勝手に)期待されたパートナー、子ども、先生、仲間の側は、隠れ/引きこもり自己愛の人の思いやプレッシャーに圧倒され、苦しめられます。
そんなふうに苦悩するファミリービジネスの家族メンバーは、少なくありません。
「隠れ/引きこもりタイプ」は、「顕示タイプ」と違って、『自分』に光が当たることを好みません。
自分が「無い」ので、自分に注意が向くと、どうしていいかわらなくなって混乱し、苦痛に感じます。
が、外から見ると「出しゃばらない謙虚な人」と肯定的に誤解されます。
しかし内実は、間違いなく、自分勝手で自己中心的なナルシシストです。
が、このタイプのナルシシストは、自分くらい他の人のことを考えている人間はいない、
と自分勝手に妄信しています。
ナルシシストは、2つのタイプとも張子の虎で中身がありません。そのため、外面を飾らないといられません。
「顕示型」は自分を飾り、「隠れ型」はパートナー、子ども、先生、仲間を飾ります。
また、いつも気分を上げて、イケイケ、ノリノリで高揚し、有頂天でいないといられません。
気分が下がってくると、自分に中身の無かったこと、また実は、劣等感、卑小感、恥、無能感、非力感にまみれていたことが露わになりかねないためです。
それをごまかすために、アルコ―ル、ドラッグ、買い物、摂食、セックス、ゲームといった依存症に罹りやすい。興奮、高揚、躁転させ、自分が大きく、偉くなった気にさせてくれるからです。
ナルシシズム(自己愛障害性)のはびこるファミリービジネスで、依存症についての相談を受けることは少なくありません。
ナルシシズムは、2代、3代で破綻してしまうファミリービジネスに最もよく見られるパーソナリティ障害の1つです。
ファミリービジネスのオーナーファミリーにナルシスズムが蔓延している場合、ビジネスシーンで働く従業員たちは、オーナーファミリーとビジネスとの両方に「恥ずかしさ」を感じることになります。
また、働く意欲を削がれます。
従業員にとって、オーナーファミリーは恥ずかしい「裸の王様」以外の何物でもないからです。
それを予防するために、また永続する健全なファミリービジネスの育成や維持のために、今回はナルシスズムについて、簡単に述べさせていただきました。
具体的な予防や癒しと回復にご関心がある方は、ご連絡ください。
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。