セラピーにおける「投影」「転移」「投影同一化」とは?
あなたは、「投影」という言葉を聞いたことがありますか?
投影とは、自分の「影」を、他人に「投」げることをいいます。
たとえば、自分が職場の同僚に怒っているのに、その気持ちを抑圧していたとします。そして、同僚が自分に怒っていて怖い、と感じたとしましょう。
このとき「怒り」は当人の気持ちですが、抑圧されて、心理学の言う「影(シャドウ)」になっています。
それを同僚に「投」げ、その人が怒っていると曲解する。
職場の他の人たちからすると、同僚は怒っているようには見えない。本人だけが、同僚が怒っていると信じてやまない。
こういった「投影」によって、職場の人間関係が難しくなったりします。
クライエントからプロのアドバイザーへ向かう「投影」を、「転移」といいます。クライエントは、自分が怒っているのに、アドバイザーが怒っているので怖い、という思いを抱いたりします。
「転移」は四六時中生じます。その「転移」を見抜けるかどうか、また扱えるか扱えないかが、プロ・セラピストと素人カウンセラーとの分岐点です。
転移はセラピストにだけでなく、経営コンサルタント、税理士、ファイナンシャル・プランナー、弁護士などに向けても常に起きています。
対象関係論と呼ばれるイギリスの生まれの(新しい)精神分析では、転移が起きない対人援助は無い、と考えます。
たとえば、子どもの頃からチャレンジする度に、親からダメ出しをされていたファミリービジネスの後継者がいたとしましょう。
その人にプロ・コーチがコーチングしていると、なぜかいつも体をこわばらせ、緊張しています。なぜでしょうか?
その後継者がコーチに、子どもの頃自分にダメ出しをした親を二重合わせに見ていてコーチを怖がり、緊張しているからです。
親とコーチ ~ある場合にはセラピスト、別の場合にはコンサルタント、会計士、弁護士など~ とを重ねて見ることが「転移」です。
新しい精神分析は、転移の起きないプロフェッショナルな対人援助関係は無い、といいます。
この時やっかいなのは、後継者がコーチを、ダメ出しをした親と同じように『見続けている』と、コーチがいつの間にか、その親のように『作り変え』られていくことです。
それまで後継者の味方でチャレンジを応援するポジティブだったコーチが、「ダメ出し」をするネガティブなコーチに、無意識裡に「作り変え」られていくのです。
投影や転移は、〈クライエント側〉の(あくまで)「認知(のゆがみ)」に関することでした。が、今度は、「認知」次元を超えて、〈コーチ側〉の「行為行動」次元にまでクライエントの転移が浸透し、コーチに変形を生じさせる。
それを「投影同一化」といいます。
コーチは、クライエントに「投影」されたダメ出しをするネガティブな親に、知らぬ間に「同一化」していたのです。
そして、ダメ出しをする親のように成っていたのです。
プロ向けのセラピー・トレーニングでは、こういったことの起きない援助関係は無い、と教育されます。
そして、投影、転移、投影同一化を単にマイナスにとらえるのではなく、クライエン(の悩み、問題、訴え、症状)理解を進めるための糸口として活用します。
詳しいやり方については、お問い合わせください。
さて、投影、転移、特に投影同一化は、基本的に「精神病水準」のプロセスです。
精神病水準の特徴は、人と人との「境界線」を凌駕(りょうが)し、相手の心に勝手に侵入/侵襲するところにあります。
物理的に境界線を凌駕したなら、それは「ハラスメント」と言われるでしょう。
精神的な境界線の侵襲を、セラピーでは「精神病水準」における過程、ととらえます。
たとえば、ダメ出しをした親とポジティブなコーチとは、別の人間です。
にもかかわらず、クライエントが、親とコーチとの(存在の)境界線を超えて、同じ人だと誤解する。
それは「投影」(あくまで認知次元のこと)でした。
が、場合によっては、コーチはいつの間にか、ダメ出しをした親のように行動する。
その時コーチも、自分とクライエントの親との境界を超えて、クライエントの親のような振る舞いをして(しまって)いる。
それは、コーチの行動次元にまで影響が及んでいる、クライエントとコーチからなる「2人精神病」です。
コーチは、クライエントの精神病的プロセスに巻き込まれているのです。
これは、異常でしょうか?
異常ですが、対人援助という(あくまで)『枠組み』の中に『限定』された異常さです。
こうしたことは、セラピーやコーチングに限らず、経営コンサルティング、税務コンサルティング、ファイナンシャル・プランニングなどでも、しょっちゅう起き(てい)ることです。
細やかで見えにくく、セラピー以外の領域では知られていません。
が、プロフェッショナルなあらゆる対人援助に多大な影響をもたらします。
プロによる「対人援助」という『枠組み』は、専門領域を超えて、投影、転移、投影同一化を生み出しやすい仕掛けです。
プロ・セラピストは、その点を踏まえた上で、対人援助という「枠組み」を活用します。
が、もし、その(プロの援助者とからなる)「枠組み」を超えて、日常的に、投影や投影同一化を頻繁に行う人がいるとすれば、その人には個人的なセラピーや精神医学が推奨されます。
少なくとも部分的に、その人の心が大きく傷ついている可能性があるからです。
今回は、対人援助という「枠組み」で起きやすい「転移」や「投影同一化」について、簡略に述べました。
それは、セラピー以外の対人援助ではほとんど知られていません。
コーチング、各種のコンサルティング、アドバイスの分野で参考にしていただければと考えます。
(注:プロの作る「枠組み」とその影響についてご関心のある方はお問い合わせください)
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。