ファミリー・ドリーミングの勧め
“I love you” と “So do I”という英語の会話。
あなたなら、どう訳しますか?
直訳は、「私はあなたを愛しています」「私もです」となります。
一方、夏目漱石は、次のように訳したそうです。
「月がきれいですね」「ええ、ほんとうに美しい月ですね」
夏目漱石の時代、男性が女性の目を見て「愛しています」ということなど、考えられなかったそうです。だから、訳にとても困ったらしい。
日本に育った男女(あるいは男男、女女の同性愛カップル)は、「月」のような「第三のもの」を「横並び」に一緒に見て、愛を「間接的に、ささやかに、秘めて」わかちあう。
当時の日本では、相手の目を見つめることは、「脅し」になりかねなかったそうです。
「お前、何、見てんだよ、ガン飛ばしてんのか? ハァッ?」
「うるせえ、やってやろうじゃないか、上等だ!」
とまではならなくても、相手を怯えさせかねなかった。「無礼」だと考えられました。
さて、以下はプロセス指向心理学の創始者、アーノルド・ミンデルのケースです。
夫婦療法にやってきたジョアンとロルフ、二人のカップルは、お互い相手の正面に座り、相手を見ながら「別れる別れない」で対立し、言い争っています。
ジョアンは、ロルフを「頭でっかち」、と批判します。一方、ロルフは、自分の気持ち、情緒に触れるように努力してきた、と言い返します。
二人は「理と情」について対立しています。
ジョアンは、ロルフを理屈ばかりでうるさい、といいますが、その時彼女の声はかすれ始めていました。
ミンデルがそのことに気づき、ジョアンに「かすれ始めた声」に注意を向けるように促します。
かすれ声に着目したジョアンは静かになって、沈黙し始めます。
その様子をロルフがやさしく見つめ、目に涙を浮かべ始めます。
しばらくしてジョアンが口を開きます。
「悔しいけど、ロルフ、あなたを本当に愛しているの」
2人は見つめあっています。
やがてロルフが語り始めたのは、2人がはじめて出会ったころの、夜見た夢(ドリーミング)についてでした。
それは、「2人の関係は、並んで座って、黙って静かな海を見ることでうまくいく」という夢でした。
面白いのは、アメリカ人であるジョアンとロルフにも、「月」のような『第三のもの』が、ロルフの夢の「海」として表れていたことです。
その海は静かでしたが、「静けさ」はジョアンのかすれ声から導かれました。
静かな海は、ジョアンのかすれ声とロルフの夜見る夢とに、「共有」されていた、と言えるかと思います。
私たちは、日本で育った人にも、欧米人にも、「横並び」で月や海を見つめることが、愛、温かい心、良質な関係にとても大事だと思います。
が、同時に、「まっすぐ」に見つめあうことも大切です。
ロルフとジョアンは、見つめあい、同時に、お互いの〈瞳の中〉に「静かな海」を見ていたのではないでしょうか?
〈肉眼〉で相手を「まっすぐ」に見つめる。
〈心眼〉で(心の中で)「横並び」して一緒に海を眺める。
21世紀の夫婦やカップルには、その二つの眼・まなざしが必要です。
欧米人は、もっと「横並び」を学ぶといい。
日本で育った人は、パートナーを「まっすぐ」に見つめることを少しはトレーニングした方がいい。
こっぱずかしくても。
月や海を、精神分析のトーマス・オグデンは「第三のもの」、ユングやミンデルは「共有のドリーミング(夢見)」といいます。
ドリーミングは(a)深層に潜み(b)時間と空間に縛られない
時空を超えた「永遠なるもの」です。
時空を超え永遠なるものなので、それは壊(さ)れることも、死ぬことも、無くなることもありません。サステイナブル(永続可能)です。
共有ドリーミングの最も重要な特徴は、それが物事と物事とを、また人と人とを「まとめる力」「結びつける力」「求心力」を持っていることです。
ジョアンとロルフは、はじめ対立していましたが、〈海ドリーミング〉の浮上と共に、まとまり、結びついていきました。
深層心理学は、第三の共有ドリーミングこそ、夫婦、カップル、家族、組織を深層からまとめ、結びつけ、統治すると考えます。
ただし、ドリーミングをどう見い出すか、は簡単ではありません。
特に「共有」ドリーミングの発見は、プロ・カウンセラーにとっても難しい。
深層心理学の「熟練の技」が求められます。
意識的で合理的な家族理念が、「ファミリー・ミッション」や「家訓」です。
無意識的非合理的な家族理念が、「ファミリー・ドリーミング」です。
ファミリー・ミッションや家訓は北極星のように「天上」的なもの。
ファミリー・ドリーミングは無意識に潜む「地下」的なもの。
私たちは、ファミリーやファミリービジネス支援において、「ファミリー・ミッション」と「ファミリー・ドリーミング」とを縦方向につないでの「家族の精神的支柱(大黒柱)」創造を支援しています。
この支柱は、ラテン語の”axis mundi”(アクシス・ムンディ、宇宙軸、世界軸)です。
アクシス・ムンディは、高さと深さと奥行きのある立体的広がり(空間)を、家族やファミリービジネスに生み出します。
それは、永続する夫婦や家族を創造するうえで、セラピストとして、最も大切にしている点です。
天上と地下とができると、ファミリーはその間の地上で、精神の安定した生活を送ります。
ドリーミング自体が時空に縛られない「永遠なるもの」であり、それは夫婦、家族、ファミリービジネスのサステナビリティ(永続性)に欠かせません。
海のようなドリーミングは、無意識的かつ非合理的ですが、その現前(出現)に、人や家族はなぜか納得して「まとまり」「結びつき」始めます。
あなたに、夫婦、カップル、家族を深層から統治するドリーミングの「求心力」の一端が、少しでも伝わったなら幸いです。
マレーシアの少数民族「セノイ族」は、夜見た夢を、毎日、家族でシェアすることで知られています。
夢をわかちあうことは、家族に求心力を生み、部族全体を平和にします。
ファミリーで夢をシェアすると、ファミリー・ドリーミングを発見できるでしょう。
家族にまとまりや和平をもたらすでしょう。
私たちは「家族会議」に、夢のシェアを推奨しています。
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。