マレー・ボーエン博士の功績を振り返る〜ボーエン家族システム理論とは?
「Capturing Murray Bowen Moments: Ideas and photos」

今回はFFI practitioner 2022年1月12日号より、多世代派家族療法(*1)で有名なマレー・ボーエン博士の重要な考え方を、写真とともに紹介します。

ボーエン博士は1913年1月31日にテネシー州ウェヴァリーで五人兄弟の長男として生まれ、1990年10月9日にメリーランド州の自宅で亡くなるまで、ジョージタウン大学の医学部を中心に生涯にわたって家族の研究と教育に携りました。

 

家族を助けようと急ぐと、クライアント家族と融合したり、一体となってしまう

ボーエン博士による家族の研究は、第二次世界大戦後の1946年、カンザス州のメニンガークリニックで精神科医師としての実地教育を受け始めることからスタートし、その後、1954年には国立精神衛生研究所(NIMH)で精神分裂症の子供とその家族に関する調査・研究を行いました。

当時、家族の一人に見られる精神衛生上の問題に対処するために“家族全員”を集めて研究することが求められていました。家族そのものが、その患者に悪影響を及ぼすと考えられていたのです。ボーエン博士はNIMHにいた頃、スタッフに、急いで助けに入るのではなく、中立的な立場で家族を観察する能力を高めるよう指導していました。ボーエン博士は、スタッフが家族を助けようと急ぐと、クライアント家族と融合したり、一体となってしまうことを認識していたのです。「助け」が多すぎると、個人が自分らしくあるための能力が失われたり、弱まったりするのです(*2)。

ボーエン博士はしばしば「融合力」という言葉を使います。これは自分の考えを持たずに、他人の意見に賛成するか反対するかのどちらかに偏る傾向がある場合に見られるものです。ボーエン博士は、私が何をするのか、何をしないのかを定義して他者からの否定的な反応を管理する能力の重要さを説いていますが、この能力は感情的になったり緊張が高まったりすることによる混乱の中で失われてしまうのです。ボーエン博士は、このような情動システムからより分離した存在になるための努力を “自己分化 “と呼びました(*3)。

1960年、ボーエン博士はジョージタウン大学の教員となり、「家族システム論」の8つの概念を発表し、精神科の研修医を指導しました。8つのコンセプトとは、①三角関係、②自己分化、③核家族の情動プロセス、④家族の投影プロセス、⑤世代間の伝達プロセス、⑥情動のカットオフ、⑦出生の位置、⑧社会の情動プロセス、です(*4)。

1975年に匿名の寄付によって、ボーエン博士はキャンパスを離れ、ジョージタウン大学ファミリーセンターを設立しました。このセンターは、システム理論からの原理に基づいて運営され、”人間は自己とシステムについて科学的でありうるか “といった問いなどが投げかけられました。

ボーエン博士の方法は、3世代の家系図をとり、家族の中で強い者がシステムをよく観察するようにコーチングするというもので、このコーチング方法によると、深刻な問題を抱えた家族に対しても、従来の心理療法よりも良好な結果をもたらすようであったのです。これは、従来の「病人」を治すというアプローチとは逆で、「強い人」へのコーチングが有効であったということです。個人が感情システム内の押し引きから次第に独立していく能力は、家族の症状を観察し管理するための画期的な新しい方法でした。

 

家族システムは多世代の力学が働く場であり、多様な感受性を持った個人を含んでいる

1975年以降、ボーエン博士は家族療法士をメインシンポジウムに招くことを止め、代わりに他の分野の科学者にシンポジウムを開放するようになりました。ジャック・カルフーン博士を筆頭に、ポール・D・マクリーン、ステファン・スオミなど、NIMHで知り合った著名な行動科学者や脳科学者が参加しました。

ボーエン博士は、家族というシステムが価値観や本能を持った多世代の力学が働く場であり、さまざまなレベルの意識や感受性を持った個人を含んでいることを、その仕事を通して伝えようとしたのです。ボーエンの家族システム理論(以下、ボーエン理論)の根幹をなす「自己分化」は、一人の人間がより明確になり、家族メンバーとの接触がよくなれば、システム自体が落ち着き、個人が自己に責任を持つようになると想定したものです。このように家族問題へのアプローチを大きく転換した後、彼の晩年を占めたのは、”人間の行動の研究や理解をもっと科学的にするには、いったい何が必要なのか?”という問いであったのです(*5)。

ボーエン博士は生涯を通じて、自分の理論を仲間や生徒、そして家族と共有するために、手本を示し、語り、質問し、逆説的な立場をとり、この新しい考え方に対して人々が予想通り反応しても、辛抱強く対応することに努めました。

ボーエン理論が人間行動パラダイムの辞書に掲載されてから約75年、マレー・ボーエンの死後約35年が経過しましたが、家族経営分野のアドバイザーや研究者はいまだに困惑してしまう疑問点があるのです。

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FFI practitioner 2022年1月12日号
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Capturing Murray Bowen Moments: Ideas and photos


(投稿者)
Andrea M. Schara, has a unique approach to coaching, as a life-long student of Murray Bowen, MD, she thinks theoretically, asks strategic questions, interrupts family patterns, and encourages people to define a self. Bowen’s videographer and photographer she is a founding board member, The Murray Bowen Archives Project and on the Faculty of Navigating Systems DC. She can be reached at arms711@gmail.com.
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(*1)多世代派家族療法

家族療法は心理療法の一つであり、個人の心の問題や、親子、夫婦関係の問題を家族全体の関係性の枠組みで理解し、援助するアプローチです。その中でも多世代派家族療法は家族システムの歴史や発展の過程を重視する考え方で、子どもの問題を親子二世代ではなく、少なくとも祖父母を含めた三世代以上で考える点に特徴があります。個人・家族の中で生じる問題を、数世代の家族システムの歴史的枠組みの中で理解し、過去から受け継ぎ解消されていない苦しみや悩みから解放されることを目指しています。

(*2)家族の人間関係システムに加わる2つの力

ボーエン理論によると、家族の人間関係システムには2つの力が加わっているとしています。
一つは、子供が親から離れて自分の力で考え、行動し、感じるようになり、親と情動を分離していこうとする力です。もう一つは、家族が密接につながって一つになろうとする力で、この力が強すぎると、やがてお互いが反発し合い遠のくことになります。家族が不安定だと一つになろうとする力が強く働きます。

(*3)分化

ボーエン博士の目的は個人の分化を進めて家族システムの安定を図ることでした。分化するとは知性ある自己を創ることです。ボーエン博士は、知性は情動(本能と同等)と相反するもので、知性と情動の調和が保たれ、また状況に応じて使い分けることが大切であるとしています。一方、知性が情動に左右されてしまっている状態を「融合」としています。
よく分化が進むと、子供は家族の一員であり、同時に自分自身を一人の個人であることを認識できるようになります。この状態では、両親、兄弟、その他の人にはそれぞれ重要な役割があることが理解でき、しかも彼らが自己とは異なった人格であると認めることができるようになるため、自己イメージが不安や情動などに反発して形成されなくなるのです。
分化には、基本的分化と機能的分化があります。前者は生まれた家族にそのルートがあるもので、もともと各々の家族に備わっている分化レベルで、後者は配偶者やリーダーから影響を受けたことによる分化レベルです。基本的分化は自分自身の努力や教育によって高めることが難しいですが、後者は高めることが可能であると考えられています。

(*4)8つのコンセプト

ボーエン博士は、三角関係を脱することが最も重要な技術であり、アドバイザーが家族に見られる三角関係を冷静に、客観的に観察することが治療に最も役立つと指摘しています。
三角関係とは、二者関係に第三者が導入されるプロセスのことで、例えば、良好であったAとBの関係が緊張関係になると、なんらかの方法で第三者を取り込もうとし、第三者Cが入ってきてAをサポートするようになるとBが第三者に変わるというものです。家族内に形成された三角関係のプロセスは永遠に続くと考えられているのです。
ボーエン理論の「8つのコンセプト」についての詳細は、Bowen Center for the Study of Familyのホームページでご覧いただけます(英文)。

(*5)自然システム論

ボーエン理論の特徴は、自然システム論を基礎にしている点で、人間の行動もすべての生物を統制するのと同じ「自然のプロセス」によって統制されていると考えています。行動科学は生物学や生理学の知識がなくては語ることはできないとも言われています。

参考文献
  • 荒井真太郎 「M.ボーエンの「三角形化」概念をめぐって」 佛教大学教育学部論集 第29号 2018年3月
  • 水野修次郎 「人間の行動科学としてのボウエン理論」 モラロジー研究所 1999年7月

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