マレー・ボーエンの自己分化 ~「理と情」の心理学~
家族療法のマレー・ボーエンは、ジェノグラム(家族図)で有名です。
ボーエンは、「自己分化(differentiation of self)」というところから、個人と家族の病理と健康を見ていました。
「ジェノグラム」理解の中心に「自己分化」があります。
自己分化とは、関係、家族、組織といったシステムの中で、人が
(a)他者とは違う自律性(autonomy)を持って、個人性(individuality)を生きること
(b)情動的な関わりを求めて群れようとする一体性(togetherness)を大切にすること
の両方が、取り扱われる過程をいいます。
ボーエンによると、この過程は、人間に備わった「本能/欲求」です。
自分は、自分らしくいたい。
が、同時に、関係、家族、グループに属し、つながりを維持したい。
このとき
(a)個人として独立(孤立)して生きるのか?
(b)システムの中に呑み込まれて、自分を失って生きるのか?
(c)個人の自律性を保ち、同時にシステムと良好な関係をもつのか?
自己分化度の高い健康な個人は、自分で意思決定し、同時に家族、グループ、会社、コミュニティと安定した関係を維持できます。
自己分化度の低い人は、意思決定力に欠け、関係に呑み込まれ、不安定さに翻弄されます。
自己分化を理解するうえで大切なのは、それが個人性(individuality)とつながり(togetherness)の両方を重視している点です。
関係に呑み込まれ、自己分化度の低い人の特徴は
- 「他の人が自分をどう思っているのか」が気になってハラハラドキドキする。
- 言葉に「主語」がない、あるいは曖昧なので何を言っているのかよくわからない。
- 人との関係に一貫性がない。
- にもかかわらず、一貫性がないのは自分ではなく相手の方で、自分は振り回される、裏切られる、見捨てられると考え、人との信頼感を築けない。
- 自分の意思を明確に述べ(てい)ないのに、相手は自分をわかってくれないと、憤懣やる方ない思いを抱えている。
- 「自分は嫌われていないか、仲間外れになっていないか」という思いにとらわれている。
といったものです。
自己分化度が低ければ低いほど「同調圧力」に弱く、「同質」であることを強いられても「No」を言えません。ですので、自分が属する集団(togetherness)、家族、ファミリービジネスに、自分の運命、生活、人生が左右されてしまいます。
「個人」になること、「自分らしく」なることなど、恐ろしくてできません。
そんなことをすれば、裏切者扱いされ、嫌われ、見捨てられる、と妄想し不安になるからです。
ちなみに、発達心理学は「同調、同質性、同一性、融合」と「分離、分化、分別、差異」とを正反対と考えます。
「分離、分化、分別、差異化」が進めば進むほど、自己確立や心の安定度が増すといいます。
自己分化度の高く、健康な人の心の内側は、どうなっているでしょうか?
「論理」と「感情」(「理と情」)のバランスが、取れています。
それは、対人関係に反映され、「関係的」でありながら「個人的」であることを可能にします。
それは、「相互依存(inter-dependency)」や「成熟依存(mature dependency)」を創造します。
「相互依存」や「成熟依存」は、「関係戦争(敵化)」や「関係冷戦」を生みがちな「共依存(co-dependency)」とは、質が異なります。
あなたは、相互依存、成熟依存にご関心がありますか?
病的な共依存との違いを、理解したいと思いますか?
「Yes」であれば、ボーエンの「自己分化」が、とても有益です。
さきほど、「論理」と「感情」(「理と情」)について述べました。
自己分化度の高い人は、その2つのバランスがいい。
「論理」の部分が弱く、「情」(ばかり)を重んじる人は、「自己分化度」が低くなります。
また「論理」の部分に長けていても、「情」の部分が欠けている、ないし足りない人も、「自己分化度」は低いと言えます。
後者のようなビジネスパーソンは、たくさんいます。
「論」は立つのに、「情」は〈乳幼児〉や〈子ども〉のままだったりします。
その場合、「情」の欠損を補うために、たとえば毎晩「アルコール」を飲まなくては、やっていられない。
クラブやスナックのママ、キャバクラのオネーチャン、ホストクラブの王子様に、「よしよし」してもらわないと気分、気持ちがもたない。
今日、「知能」には多様なものがある、と理解されるようになりました。
かつて知能は、知能指数として知られる「IQ」でのみ、計られていました。
現在は、「EQ(情緒的知能指数)」その他が、着目されています。
家族、組織、会社、コミュニティで、「関係」に、健康で豊かに参与するには、EQの高さが求められます。
学校では、IQ(の高さ)だけで何とかやり通すことができます。
が、社会に出て、EQが低いために、関係、家族、グループ、会社で苦しんでいる人が少なくありません。
「理と情」とのバランスを、どうすればとれるのでしょうか?
「理」だけでなく「情」を磨くには、どうしたらいいのでしょうか?
ボーエンの「自己分化」が、大変参考になります。
ファミリービジネスが上手くいかない一因は、「ファミリー」と「ビジネス」とが融合し、ぐちゃぐちゃになっているためです。
公私混同となっているからです。
自己分化は、「ファミリー」と「ビジネス」の分化と統合を進めます。
世代間境界の無さ、あいまいさも問題です。
たとえば、世代間境界のゆるい(ゆる過ぎる)家族では、子どもが親の親になったり、親の世話役(ヤングケアラー)になるプレッシャーを感じます。
そのため、子どもが、子どもらしさを生きることができません。
子どもらしさが、ネグレクト(遺棄)されます。
ボーエン派家族療法は、境界線のあいまいな分化度の低い家族は、暴力、アルコール、ギャンブル、買い物依存症、摂食障害、近親姦、不倫などの巣窟になる危険が高い、と警告します。
自己分化は、世代間の境界作りと、境界ができた上での良質な結びつきを可能にします。
自己分化は、家族、ビジネス、ファミリービジネスそして個人のウェルビーイング(健康と幸せ)の核心です。
ジェノグラム(家族図)を活用する場合などに有益ですので、ぜひ参考にしてください。
Author Profile
ファミリー・ビジネスを持続・永続的に行うには、経営コンサルティングや税務アドバイスのような「ハード・スキル」と、ファミリー・セラピー(家族療法)のような「ソフト・スキル」の3面からの統合的支援が求められます。私は、家族の「癒し」と「再建」のためのファミリー・セラピーと、家族の健全さの「維持」と「予防」と「発展」のためのファミリー・アドバイスを34年にわたり行ってきました。
また、ファミリー・ビジネスのオーナーや大企業のエグゼクティブに対するコーチングにも、たくさん携わらせていただいています。
現在は事業承継・相続や経営について学び、各専門家と協力・協働しながら、日々ファミリー・ビジネス・アドバイスを行っています。
ファミリーとビジネスの結びつきを背景から支援するファミリー・セラピーに、より一層励んでいきたいと考えています。
現在、ファミリービジネス支援センター(FBSC)共同代表、セブン・スプリングス株式会社メンバー、一般社団法人FBAA・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者(フェロー)。
著書『痛みと体の心理学』(新潮社)他、訳書アーノルド・ミンデル著『オープン・フォーラム』(春秋社)他多数。