買収案件を通じて見たファミリー企業の変革の必要性
現在、私は上場ファミリー企業に勤務し、買収や戦略提携等の推進を担当する傍ら、オーナーの資産管理業務を担当しております。
買収案件の推進を担当する中で、国内外問わず、企業のオーナーから、「自社の買収を検討して欲しい」との打診を受けることがあります。
非ファミリーの経営幹部として会社の業務、オーナーの資産管理業務両方に関与する中で、このような機会は客観的な立場で別の企業を見る良い機会になっています。
買収の打診を受ける際に、当然、「なぜ会社を売却するのですか?」という質問をすることになります。
この質問に対して頂くご説明は様々ですが、以下の3つに集約されるように思います。
- 会社が一定レベルに成長した段階で、オーナーシップをバトンタッチし、 新しいオーナーの下で経営体制を刷新し、会社の更なる成長を図りたい。
- 業績が伸び悩む中で打開策が見つからず、経営を引き受けてくれる先を探したい。
- 一族内に後継者がおらず、オーナーシップを承継してもらえる先を探したい。
上記の中で、1.は海外、特に米国からの相談に多いのですが、米国の場合、会社の成長過程でステージが変わると、そのステージに適した経営者に経営を託する、場合によってはオーナーシップも手放すケースが多いように思います。
私の所属する業界では、創業者が企業を立ち上げた後、US$20 MillionからUS$50 million程度の売上になった時点で創業者が一部出資を残しながらプライベート・エクイティ・ファンド等外部からの出資を受け、彼らのネットワークを活かして外部から経営者を招聘して共同経営体制を取るケースが多く見られます。
さらに、プライベート・エクイティ・ファンドが株主となっている場合には、その後、US$100 MillionからUS$150 Million程度の売上高まで成長すると、ファンドと創業者が共にオーナーシップを手放し、次のオーナーに託する、といったケースが多く見られます。
多くの会社が事業承継を検討するタイミングに来ていることが背景にあると思いますが、2、3のケースはここ数年、多くなりました。
数年前に相談を受けた中で、印象的であった2件の事例を挙げさせて頂き、そこから見える課題を挙げてみたいと思います。
事例1:日本国内に工場を持つ繊維製品の製造業で、商品を小売業者に卸している会社です。
丁寧なものづくりで高級品を製造してきたものの、同業他社が中国、東南アジア等に生産拠点をシフトさせ、安価な製品を提供するようになる中で、販売が低迷してきていました。
また、販売先は商店街の小売店が中心だったものの、こういった店舗が衰退していく中で売上を落としてきています。
百貨店等、新しい販路を商社に頼って開拓しようとしていますが、商社頼みでコストが余計にかかっている分、売上は取れても、十分な利益を確保できていません。
その結果、ここ数年、売上は横這いで、若干の損失を計上する状況が続いています。
現在の社長は2代目ですが、経営については社長が1人で行っており、経営体制を固める幹部がおらず、次世代を担う人材も育っていない状況です。
ご家族は奥様の他、お子様が1人いらっしゃいますが、お子様に事業を継承することは考えていない、とのことでした。
事例2:伝統工芸品の製造卸業で、販売は百貨店等の小売店のほか、催事などでの販売も行っている会社です。製造については自社で全て抱えるのではなく、近隣の職人に依頼をして行っています。
ただ、各工程が分業化され、職人の手作業に依存しており、職人が高齢化していく中、工程毎で後継者が途絶えると製造プロセス全体の維持が難しくなる、という問題を抱えています。
同業他社には新しい技術を導入し、製造している先もあるそうですが、社長としては伝統的な製法を守り、承継したいと思っています。
現在の社長は2代目で、お子様が2人いらっしゃるものの2人とも別業界で仕事をしており、事業を承継することに興味が無いとのことでした。
そのため、弊社に事業を承継してもらい、何とか伝統技術の承継をできないか、とのご相談でした。
どちらも、家族の中で後継者がいないことが理由で買収の打診を受けた事例ですが、後継者不在という課題を除くと、これら2つの事例に共通する課題は以下の3点ではないかと思います。
(1) 自社が果たすべき使命、存在価値を明確にする。
企業が長期にわたり成長し、存続するためには、社会にとって必要な存在であり続ける必要があると思います。
そのためには、自社が果たすべき使命は何なのか、自社が提供できる価値は何なのかを明確にする必要があります。
それを前提として、何を守り、何を変えていくのかを考え、時代の変化に応じて自社を変革していく必要があると思います。
上記の2事例については、お話を伺う過程で、単に現在の事業形態を守り、継承することを考えるだけでなく、何を守り、何を変えなければいけないのか、再考する余地があるのではないか、と感じました。
(2) 自社の運命を自分でコントロールできるようにする。
どちらの事例も、事業プロセスの中で他社(者)に依存している部分があり、それが維持される前提に立っているように見受けられます。
ただ、他社(者)に依存する仕組みは永続性が保証されないため、外部環境の変化に応じて自社の事業プロセスも変化していく必要があります。
(3) 変化に対応できる経営幹部の採用、抜擢、育成をする。
後継者がいるファミリービジネスの場合、後継者が変革リーダーを担うケースが多いように思いますが、上記の2事例のように後継者が家族の中にいないケースでは、次世代を担う経営幹部になるポテンシャルのある人材を見定め、その人材を抜擢、育成するような施策が必要ではないかと思います。
今回、弊社に買収の相談があった事例でも、社長以外に経営を担える人材が社内におらず、それを弊社に担って欲しい、ということが一番の理由でした。
今回、買収の打診という形で触れた2つの事例を紹介させて頂きました。
どちらも数年前にお話を頂きましたが、弊社としては対応が難しいと判断し、いずれも断念をしており、その後の状況については確認をしておりませんが、AFBAとしてこの2つの事例に接した時、どのようなアドバイスが出来ただろうか、と今でも時々考えることがあります。