「イエ原則」にかわる組織原則の確立

広がる「ファミリー」と「ビジネス」の距離

ファミリービジネス(同族企業)のコンサルタントとして、これまでに多くのご相談をいただきましたが、それらのご相談を振り返ると、あるパターンに気が付きます。

それは、戦後の高度経済成長とともに仕事(ビジネス)と家庭(ファミリー)との距離が広がった、ということです。

例えば、「当然あとを継ぐと思っていた大学生の息子が、父親が経営する会社に入らたがらない」

「社長夫人が息子を後継者にすることに反対している」

「後継者夫人が夫の会社のこをよく知らない」

などです。

事業を営む家としての精神が、創業家の中で共有されず、次世代にも伝えられていないのです。これらの相談がある会社は、ほとんどが終戦から高度経済成長期にかけて創業した会社です。

創業世代は、家庭生活と仕事の境目がない状態で、家族も従業員も一緒に生活するような毎日でした。社長の住まいが会社の建物の一角にあり、社員の寮がまたその近くにあり、社長夫人が寮母として若い従業員の食事を用意したり生活の面倒を見たりします。社長の子供たちは、社員寮のお兄さん、お姉さんたちにかわいがられ、よく遊んでもらうこともありました。

このように、仕事と生活は一体のものであり、会社は創業ファミリーの身近な存在でありました。社長の子供たちは、働く父親の姿を間近に目にし、そこに将来の自分の姿を見出しました。またこのような家に嫁いだ嫁は、単に経営者の夫と結婚しただけでなく、直接、間接に自分も事業にかかわっていることを学んでいきます。

たとえ仕事に直接携わることがなくても、自分の言動が従業員の気持ちや働きに影響を与えること、将来の経営者となる子供の教育について、その責任の一端を担っていることを学びます。

ところが、高度成長の時代に、社長は郊外に自宅を構え、社員寮には専属の寮母さんが採用されました。仕事と生活の場が物理的に離れていきました。世代が変わり、新たに嫁いだ後継者夫人にとって、日常生活にビジネスとの接点はほとんど無く、自分は経営者と結婚はしたものの、夫のビジネスと自分は無関係と考えます。

義母が行ったような社長宅での接待は無くなり、社員や取引先との接点もなくなります。会社の状況を知る術を失い、会社を経営する人たちのことを知らず、そこで働く人たちとも面識が無くなっていきます。

会社の夢や信条、成長のための課題や財務状況など知る由もありません。毎月夫の口座に振り込まれる給料だけが会社との接点です。社長自身は、仕事と生活が重なり合った子供時代を過ごし、自分の将来の姿を父親に重ね合わせて育ちました。

学生時代に自分の進路を模索したにせよ、いずれは父の後を継ぐもの、と自然な形で考えます。そして、自分の息子も当然同じように考えるはずであると思い込んでいます。しかし、郊外の住宅地で育った子供達は、家業とは無関係の生活を送るようになります。

母親以上に会社との接点がなく、父親はサラリーマンと変わらないものだと考えるようになります。おじいさん、おばあさんから昔話として会社とのかかわりを聞くことがあったとしても、自分と関係がある話には思えません。会社を知らない母親は、親が敷いたレールに子供を進ませることは良くないと考え、子供が好きな道に進むように促します。

このように、ファミリーとビジネスを一体とした組織原則が失われ、世代交代の障害となり、戦後から高度成長期に生まれた多くのファミリービジネスの永続に、暗い影を落としています。

「イエ原則」にかわる組織原則の確立を

徳川時代に武家の組織原則として成熟した「イエ原則」は、明治期に法制化され、社会全般に浸透しました。家長が家督を守り発展させ、嫡子(家長の長男)が次の世代の家督の管理者となる、この原則が社会全般に認められていました。

戦後の民法によって、「イエ原則」が否定され、タブー視される中で、高度成長期に生まれた多くのファミリービジネスでは、家(ファミリー)と仕事(ビジネス)を切り離すべきとする経営学の傾向を受けたコンサルタントやアドバイザーの指導も手伝って、社長や後継者は、仕事を家庭に持ち込まないことを美徳と考え、創業家としての役割、責任や事業家としての社会的な価値を家庭内で話さないようになっていきました。

イエ原則の余韻を持つ先代と、戦後の個人主義で育った次世代との間にファミリービジネスの組織原則に関する考えかたにギャップが生まれ、多くは混沌とした状況になっています。

長寿企業大国と言われる我が国です。江戸期、明治期に生まれた企業はイエ原則のもとに存続、発展してきました。

しかし、多くの戦後生まれのファミリービジネスにとって、長寿企業として発展するためには、「イエ原則」にかわる、新たな組織原則を持つ必要があります。それは、個人・家族の幸福と、事業の永続と発展を両立させ、グローバル化した経営環境にも親和性を持つものであるべきです。

それぞれのファミリービジネスが、我が家、我が企業の、先々の世代を見据えた組織原則について議論し、共有し、次世代に伝える努力が望まれます。

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