事業承継こそ「顧客本位」で ~事業承継支援に携わる多くの機関への問題提起~
日本経済の根幹を担う中小企業の後継者不足問題は、喫緊の重要な課題であり、中小企業庁など政府の重点取り組み施策ともなっています。金融機関、M&A仲介会社をはじめ、多くの企業が、取引先の事業承継に関して重要な営業施策の一環として積極的に取り組んでいます。
しかし、その支援にあたっての取り組み姿勢は本当に「顧客本位」になっているでしょうか。中小企業の大半を占めるファミリービジネスの経営者からは、多くの不満が寄せられています。
今回は、政府や金融機関による事業承継支援の具体的な取り組みを紹介するとともに、事業承継に携わるアドバイザーの本来の役割、使命について問題提起させていただければと思います。
中小企業庁を中心とする政府の事業承継支援
日本企業の97%を占める中小企業の事業承継を後押しするため、政府による様々な支援策があります。全国47都道府県に設置された「事業承継・引継ぎ支援センター」では、事業承継全般に関する相談対応や事業承継計画の策定、M&Aのマッチング支援が原則無料で受けられ、承継時に必要となる資金に対する補助金や融資、税制の優遇措置も拡充してきています。また、「中小企業大学校」では後継者育成のための研修を行い、「アトツギ甲子園」では全国各地の後継者たちが新規事業のアイデアを競い合うピッチイベントを行っています。
事業承継において親族内承継だけでは限界がある、後継者がいないなどを踏まえ、第三者承継としてM&A推進にもさまざまな支援策を施し、いわば「政府のおカネが大きく動いている」状況です。
ここに挙げた支援策は一例ですが、他にも事業承継マニュアルを作成したり、官民の連携をバックアップして中小企業の事業承継を積極的に支援しています。
金融機関などの民間の事業承継支援の実情
このように大きくおカネが動くマーケットは、銀行、証券、保険、不動産、M&A仲介会社、コンサルティング会社などから見て、格好の「稼ぎ場」にもなっています。
金融機関による事業承継支援も活発に行われています。銀行は相続税・贈与税負担を軽くするためにローンをつけて自社株の価値を引き下げる提案を行います。でも実情はローンの実績を上げたいから、ということになっていないでしょうか。証券会社はこれまで長年事業を通じて作り上げてきた資産を、株式、投資信託、仕組み債などに投資しましょう、とセールスします。でも実情は金融商品販売実績を上げ、手数料を稼ぐことにやっきになっていることはないでしょうか。
M&A(合併・買収)の仲介会社は積極的に営業の電話をかけています。オーナー経営者から見れば、会社は今まで経営者や従業員が皆で一生懸命がんばってつくりあげてきた作品であり、有機的なものです。ここへの敬意が感じられず、単に売買する「もの」扱いされることも非常に多く、オーナー経営者からは強い違和感や嫌悪感を示す方々も少なくありません。
銀行ですら、後継者がいないと見ると「ではM&Aを考えましょう、専門会社におつなぎしましょう」と提案します。銀行には仲介会社から紹介手数料が支払われます。
このように、事業承継を支援します、と言いながら、実際には狭義にとどまる自社のソリューションに限定したもので、自社が手数料を得られる案件をいかに獲得するか、ということに一生懸命になっているにすぎません。
もっとも、金融機関やM&A仲介会社などで活躍する社員の中には、本来のあるべき姿をしっかり理解し、オーナー経営者と伴走していこう、という意識を持っている人もいるのは事実ですので、すべてが悪いと言っているわけではありません。
事業承継に直面している経営者の真の関心事は何か?
ファミリービジネスの経営者が関心と危機意識を持っている課題は、本当にこれらの提案で解決するのでしょうか。
経営者が事業承継に向けて意識しているのは、「ビジネスをいかに将来に向けて持続可能な状態にするか?」ということではないでしょうか。具体的には、次のようなことが挙げられます。
- 事業の成長・将来性を維持するために後継者や経営幹部をどのように育成するか
- 家族が一体感をもって会社を支えていくために必要なことは何か
- いかにして企業と家族にとって幸せな状態を作っていくか
- 現時点では承継を意識していない子女と上手なコミュニケーションを取る方法
など、事業承継を手続きする一時点では捉えておらず、将来に向けて長期的な目線で捉えていることがわかります。
事業承継アドバイザーの本来の姿とは?
事業承継に携わるアドバイザーは、経営者に寄り添って長年にあたって伴走することで、信頼関係を構築していくことが求められています。このような覚悟と使命感を持ち、「正しいことを正しくやる」という王道を歩む人たちであってほしいと切に願います。オーナー経営者の方々が真に欲しているアドバイザーというのはこういう方々なのではないでしょうか。
そろそろ本腰を挙げて、「顧客本位」の承継アドバイスができる人材を育成することに力を入れるべきだと考えます。金融商品については、フィデューシャリーデューティーということが強く求められ、金融庁から金融機関への指導においても強く意識されているところです。
事業承継の分野も、「顧客本位」を徹底していくことを強く期待します。また、この分野こそ経験豊富なシニアの金融機関社員がリスキリングの一環として、積極的に活躍できる分野であると信じています。
※ 同趣旨の内容を、日本経済新聞の2024年3月4日付け「私見卓見」欄に投稿し、掲載していただきました。
Author Profile
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日本興業銀行、みずほ証券にて、M&Aアドバイザリー、経営企画、コーポレートコミュニケーショ等に従事したのち、ウェルスマネジメント本部長を務める。
2017年に㈱ソーシャルキャピタルマネジメントを設立、代表取締役社長に就任、現在に至る。経営戦略、M&A、理念浸透を含むコミュニケーション、ガバナンス、サステナビリティなどの観点から、社外役員、コンサルティング、社員研修、後継者育成支援など、さまざまな業務を行う。
FBAAには2016年より参画、2022年2月より執行役員プレジデント、11月より理事プレジデントに就任。
ファミリービジネス学会、事業承継学会会員。日本跡取り娘共育協会代表理事、グロービス経営大学院教員も兼任。