事業承継を成功させるために ~感情と心のマネジメント
事業承継において、親子間の対立や衝突が進行を妨げることがある。親族内承継(親から子、叔父から甥姪、兄から弟など)、第三者承継(事業承継M&A)など多岐にわたる方法が存在するが、ファミリービジネスの経営者としては「できれば親族に継いでほしい」と考える方が多いだろう。本稿では、親から子への経営承継を中心に話を進める。
理想的な事業承継とは、親子でしっかりと話し合い、先代経営者が大切にしてきた理念や経営の要諦を後継者に伝え、後継者はそれを基に未来を見据えながらビジネスを進化させることだ。しかし、現実には親子の経営に対する考え方の違いから感情的な衝突が生じ、コミュニケーションが断絶するケースが少なくない。社員たちはその様子を見て、誰に相談すればよいのか分からず萎縮してしまう。
コンサルタントとして事業承継に関与していると、このような場面に直面することがしばしばある。「なぜこの案件が進まないのか?」と尋ねると、「息子さんの案件なので、先代がなかなか承諾しない」といった返答が返ってくる。急速に変化する社会やテクノロジーの中で足踏みをしていること自体が致命的な経営の失敗につながりかねない。本コラムでは、どのようにしてこうした状況を突破するかを考察する。
ビジネス面だけでなく、人を理解し動かす力が必要
事業承継は単なる社長交代や自社株の譲渡(贈与、相続)ではない。事業承継は先代社長が長年培ってきたものを全て受け継ぐものであり、社長交代という一度きりのイベントではなく、長年にわたって並走しつつバトンを渡した後も互いにコミュニケーションを取り続けることが求められる。事業承継は10~15年かけて取り組むべきものである。
経営を合理的かつ定量的に判断するものと考えていないだろうか。会社は機械設備や工場などの有形資産だけで成り立つものではなく、最も重要なのは人の力、人的資本である。この有機的な集合体を動かすためには、「人を理解し、人を動かす力」が不可欠である。
世代間ギャップを理解し、メタ認知で俯瞰する
親子の感情を理解し、良い方向にマネジメントすることが重要である。「なぜ先代はこう言うのか?」「なぜ先代はこんなに頑固なのか?」という背景を理解することで、親子の対立を乗り越えることができる。親子の状況を俯瞰して見る、いわゆる「鳥の目」でのメタ認知をおすすめする。
後継者からは「親父と自分は考え方が違う」「親父の考え方は古い」といった声がよく聞かれるが、これは世代間ギャップによるものである。異なる時代を生きてきた親子では、社会に対する問題意識が異なるため、このギャップを理解することが重要である。
老齢学の視点から見る親子の対話
親子間の対話を円滑にするためには、老齢学(ジェロントロジー)の視点も必要である。年を重ねれば高齢者になるという視点が欠落していると、親子の対話が困難になる。例えば、先代を説得しようと早口で資料を説明するのは避けるべきである。スピードや資料の細かい文字がストレスとなり、感情的なイライラを助長する可能性がある。
ジェロントロジーの視点を取り入れることで、後継者は先代の心理や身体的変化を理解し、対話をスムーズに進めることができる。例えば、話すスピードをゆっくりとし、資料の文字を大きくするだけでも先代の理解が深まり、感情的な衝突を避けることができる。親子の円滑な対話を促進するために、ジェロントロジーの知識を活用することが求められる。
親子の目標は同じだがアプローチが異なることを理解する
事業承継において、先代も後継者も会社のこと、従業員のこと、お客さまのことを大事に考えている。会社の永続的な発展、社会への貢献、働く社員の幸せを実現するという目標は共通しているが、そのアプローチが異なることがある。先代は過去の経験を基にして未来を考え、後継者は未来を見据えて新しいアプローチを試みることが多い。お互いのアプローチの違いを理解し、対話を通じて共通の目標に向かって進むことが重要である。
ファミリービジネスアドバイザーの役割
世代交代のマネジメントにおいて重要な役割を果たすのがファミリービジネスアドバイザーである。ビジネス面だけでなく、感情面や心理面も理解し、寄り添うことができるアドバイザーが必要である。適切なアドバイザーを見つけることで、事業承継が円滑に進むようサポートを受けることができる。
ビジネス面からのアドバイスを提供する中小企業診断士や税理士は多く存在するが、ファミリーの感情面や心理面も理解しながらアドバイスできる存在が必要である。事業承継の成功には、家族間の感情や心のマネジメントも欠かせない要素であるため、適切なファミリービジネスアドバイザーを見つけることが求められる。
ファミリービジネスアドバイザーは、世代間のギャップを理解し、親子の対話を促進する役割を果たす。彼らは両方の意見を整理し、冷静に話し合いを進めることで、事業承継に向けた土台を作る。親子間の感情的な対立を解消し、スムーズな事業承継を実現するためには、ファミリービジネスアドバイザーの支援が不可欠である。
まとめ
事業承継は単なる社長交代や株式の譲渡だけではなく、長年にわたる準備とコミュニケーションが求められるプロセスである。親子間の対立や感情的な衝突を避けるためには、世代間のギャップを理解し、老齢学の視点を取り入れることが重要である。ファミリービジネスアドバイザーの支援を受けながら、親子で対話を重ね、共通の目標に向かって進むことで、円滑な事業承継が実現する。事業承継の成功には、感情と心のマネジメントが欠かせない要素である。
(本コラムは、「創業手帳オンライン」に寄稿した文章をもとに構成している)
Author Profile
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日本興業銀行、みずほ証券にて、M&Aアドバイザリー、経営企画、コーポレートコミュニケーショ等に従事したのち、ウェルスマネジメント本部長を務める。
2017年に㈱ソーシャルキャピタルマネジメントを設立、代表取締役社長に就任、現在に至る。経営戦略、M&A、理念浸透を含むコミュニケーション、ガバナンス、サステナビリティなどの観点から、社外役員、コンサルティング、社員研修、後継者育成支援など、さまざまな業務を行う。
FBAAには2016年より参画、2022年2月より執行役員プレジデント、11月より理事プレジデントに就任。
ファミリービジネス学会、事業承継学会会員。日本跡取り娘共育協会代表理事、グロービス経営大学院教員も兼任。