平成30年度税制改正による事業承継税制案とファミリービジネスの事業承継
1、ファミリービジネスにおける事業承継の重要性
ファミリービジネスの課題としては、事業承継の問題が最大であるといわれている。
この点、Kenyon-Rouvinez and Ward(2005)(脚注1) によれば、ファミリービジネスにおける事業継承は、
- 所有に基づく経済価値とオーナーシップの承継
- 経営のリーダーシップの承継
- ファミリーの構成員としての資格とリーダーシップの承継
の問題に整理できる。
これらのうち、オーナーシップの承継について、我が国においては、承継する法人の株価が上昇している場合には、相続税の問題が、オーナーシップの承継にとって大きな負担となっている。
2、現行の事業承継税制
事業承継税制は、平成21年度の税制改正の一環として新しい事業承継税制が導入され、平成20年10月1日に遡って適用することとされた(改正附則63条)。
さらに、現行の事業承継税制は、平成29年度税制改正により、画期的な制度となった。
すなわち、現行の平成29年度税制改正による現行の事業承継税は、「何代続けても、特別決議のできる全株式の3分の2の議決権に限り、2割の相続税だけで、経営権を守ってゆける (脚注2)」制度である。
3、平成29年度税制改正による現行の事業承継税制と平成30年度税制改正大綱
牧口(2016)(脚注3) によれば、事業承継税制は、平成20年に創設されたが、「厳しい要件から外されると巨額の税金を一気に納めなくてはならない等、怖くて使えませんでした。
ところが、平成29年度税制改正(筆者加筆、現行制度)で縛りが一気に緩和」された。
「もちろん、注意すべきリスクはまだ残ってはいますが、今後は納税猶予・免除(筆者加筆、現行の平成29年度税制改正による事業承継税制)を考慮に入れない対策はありえない」ことになった。
しかし、この平成29年度税制改正による事業承継税制が、あまり活用されなかった。
その理由は、
- 「雇用確保要件が厳しい」
- 「贈与の場合、代表権さえ手放せばよかったが、ほとんどの方は『退職金』を支給する一方で、事業承継税制上は取締役で残っても構わない」が、「退職金を取って辞めるのであれば経営上の口出しは問題となる」
点などが挙げられていた(脚注4) 。
そこで、平成30年税制改正大綱では、「事業承継税制の特例の創設」として、改正案が整理されている (脚注5)。
以下、この改正案について、今仲・天野(2018)の示すものから、重要性の高いと考えられある点を挙げる(脚注6) 。
現行の平成29年度税制改正による事業承継税制はそのまま残される。平成30年度税制改正で新たに設けられるのがこの制度案であり、特例という位置付けになっている案である。
平成30年度税制改正の案では、「(1)発行済議決権株式の全株が対象」となり、「(2)相続時の猶予対象評価額が100%」になっている(脚注7) 。
また、「『「雇用確保要件実質撤廃」と言っていい』と表現されているほどの改正で、「8割を満たすことができない時は、認定経営革新等支援機関を通じて、なぜ達成できなかったのか等の実績報告を提出し、妥当であると認められればOK」とされている(脚注8) 。
「この『特例承継計画』の提出に関しては、認定経営革新等支援機関の支援・援助を受けて行う』とされおり、『政府が会計事務所に期待している』とされている。
さらに、「計画の段階で後継者がすでに代表権を持っていなければいけないのかどうか」、また、「計画提出後、贈与する期間に取りやめても問題なさそう」であり、「事業承継税制を利用するには相続時精算課税を使うのが前提になるのではないか」とされている。
このことから、今仲・天野(2018)は、平成29年度税制改正による事業承継税制のリスクについては、「これでほぼリスクが解消できた」という見解を示している(脚注9) 。
さらに、平成30年度税制改正による事業承継税制案では、「贈与者は代表権がなくても(持ったことがなくても)良い。何人でもOK」であり、「受増者は代表権のある後継経営者最大3人まで認める。かつ1名最低10%所持」、「相続時精算課税贈与が推定相続人以外にも可能になった」点も、指摘されている(脚注10) 。
この案が成立した場合、適用の前提となる「特例承継計画を提出することができる期間」は、「30年4月1日以後スタート5年間(平成35年3月31日)」であり、「贈与をする期間」は「その後の5年間」であって、「特例承継期間」とされ、トータルで約10年間の制度となる(脚注11) 。
4、事業承継税制の効果
事業承継税制の効果は、ケースによって、大幅に変動する。例えば、牧口(2017)によれば、平成29年度改正の現行の事業承継税でも、「後継者の納税額が2億1,600万円から2,542万円に、88%余り低く」なり、「納税率が12%」となる効果がある事例が紹介されている(脚注12) 。
一方で、平成29年度改正の現行の事業承継税制に相続時精算課税贈与を適用している場合の事例では、「納税率は95%に跳ね上が」り、「もはや救いようのないほどに最悪の結果」となっている事例も紹介されている (脚注13)。
これらのほかに、オーナー家が100%所有している場合で、過去に後継者が生前贈与で取得している場合に納税率が激増する事例も紹介されている(脚注14) 。
これは、いわゆる暦年贈与によって、株式を後継者に移転させ、相続税対策をしているはずであったものが、事業承継税制を適用する場合には、かえって、納税率が高くなってしまったことを示している事例である。
このように、事業承継税制の効果として、納税率は、事例によって大きく変動する。
5、平成30年度税制改正による事業承継税制の適用の検討の重要性
上記4で述べたように、現行の平成29年度税制改正による事業承継税制においても、従来から実務で行われている
A:暦年贈与や通常の相続時精算課税贈与を進める方法が良いのか、
B:事業承継税制を適用した方が良いのか
の判断は、重要な意義を有している。
さらに、平成30年度の税制改正による事業承継税制案が成立した場合には、適用の要件が緩和されるため、この制度の要件を満たすかの判断も含めて、慎重にこの制度の適用の検討をする重要性が高いと考える。
6、まとめ
先に述べたように、平成30年度税制改正による事業承継税制案は、これまで懸念されていた雇用の8割維持などのリスクは大幅に軽減されたといわれている。
また、事業承継をスムーズに行う目的で行っていた後継者への株式の暦年贈与がかえって、納税率を大きくしてしまうこともある。
したがって、ファミリービジネスのオーナーシップたる株式の承継については、平成30年度税制改正による事業承継税制案の適用と、従来からの暦年贈与の方法などとを比較して、慎重に、承継方法を検討すべきである。
【脚注】
1) D、Kenyon-Rouvinez、J.L.Ward、“Family Business: Key Issues”、 Palgrave Macmillan (2005)(富樫直記監訳(2007)『ファミリービジネス 永続の戦略』ダイヤモンド社)、pp149-178。
2)牧口晴一・斎藤孝一(2017)「事業承継に生かす納税猶予・免除の実務」中央経済社、p2。
3)同上、pp2-3。
4)今仲清・天野隆(2018)「大綱だけではわからない実務への影響 2018年税制改正 速読み解き 第2巻 事業承継税制」税理士法人レガシィ、p2。
5)自民党・公明党「平成30年度税制改正大綱」平成29年12月14日、p45以下。
6)今仲清・天野隆(2018)「大綱だけではわからない実務への影響 2018年税制改正 速読み解き 第2巻 事業承継税制」税理士法人レガシィ、p3。
7)同上、p3。
8)同上、p3。
9)同上、p3。
10)同上、p3。
11)同上、p3。
12)牧口晴一・斎藤孝一(2017)「事業承継に生かす納税猶予・免除の実務」中央経済社、p17。
13)同上、p89。
14)同上、p82。
【参考文献】
・D、Kenyon-Rouvinez、J.L.Ward、“Family Business: Key Issues”、
Palgrave Macmillan (2005)(富樫直記監訳(2007)
『ファミリービジネス 永続の戦略』ダイヤモンド社)
・今仲清・天野隆(2018)「大綱だけではわからない実務への影響
2018年税制改正 速読み解き 第2巻 事業承継税制」税理士法人レガシィ
・自民党・公明党「平成30年度税制改正大綱」2018年12月14日
https://www.jimin.jp/news/policy/136400.html(2018年2月16日閲覧)
・牧口晴一・斎藤孝一(2017)「事業承継に生かす納税猶予・免除の実務」
中央経済社
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