FFI Global Conference 2025@ボストン 報告レポート

ファミリービジネスの「あるべき」の鎖を解き放つ旅

日本のファミリービジネス(FB)の支援現場にいると、私たちは知らず知らずのうちに、多くの「鎖」を身にまとってしまうことがあります。「承継はこうあるべきだ」「家族は信頼しあっているはず」「M&Aは身売りである」・・・。 それはオーナーファミリー自身の願い以上に、世間体や「家」という概念による見えない枠組みかもしれません。

2025年10月末、ボストンで開催されたFFI(Family Firm Institute)カンファレンスで目にしたのは、そんな固定観念を飛び越えていく、世界のファミリーとアドバイザーたちの姿でした。

今年のテーマは、「Where Legacies Meet Innovations(レガシーとイノベーションが出会う場所)」。 テクノロジーの進化や価値観の多様化を味方につけ、「こうしたい」という意志を原動力に、ファミリー・エンタープライズ(家族の事業体)の形を自由自在に乗りこなす世界が、そこには広がっていました。

写真)FFIカンファレンス会場にて 右から;FBAAプレジデント 小林、FBAAのグローバルアドバイザーKelin Gersik先生、FBAAフェロー丸山(本稿執筆者)、FBAAフェロー内田、FBAA理事長 武井

「ファミリービジネスのあり方は、もっと自由でいい」。

支援者は、クライアントファミリーの可能性を縛っている鎖を一緒に解き、もっと広い世界を見せるための「窓」になれるのではないか。今回のカンファレンスを通じて、私は強くそう感じました。

このレポートでは世界の事例を共有しながら、私たち支援者がどうすればもっとクライアントのパワーを解き放てるのか、そのヒントを探っていきたいと思います。

図)FFIカンファレンス2025セッション一覧

ファミリー・エンタープライズの知が集うプラットフォーム:FFIとは
FFI(Family Firm Institute)とは、1988年に設立されたファミリービジネスの支援者が集う団体です。世界35カ国から2,000名以上の専門家、大学教授、ファミリーオフィス関係者が在籍しています。
学術論文誌『Family Business Review』や週刊エッセイ『FFI Practitioner』の発行、アドバイザー向け講座『GEN Program』など、同族経営やオーナーファミリー支援の知見が世界中から集まっています。今回のボストン大会も300名を超える参加者が国境を越えて議論する熱き場でした。

1. 指数関数的な変化がもたらす「時間の自由」~セッション「永続する企業のつくり方:アドバイザーへの提案」

今回のカンファレンスで衝撃を受けた議論の一つが、テクノロジーがもたらす「時間の概念」の変化です。AIやバイオ技術が指数関数的(エクスポネンシャル)に進化する未来では、人間の寿命が200年に達する可能性すら現実味を帯びて語られていました。

もし寿命が200年になれば、これまでの「30年サイクルで次世代に譲る」というモデルは根本から覆ります。4世代以上が同時に共存する「スーパーマルチジェネレーショナル」な社会の到来です。 これは一見、承継を複雑にする困難な課題に思えますが、視点を変えれば、ファミリーにとっての「時間の自由」を手に入れることでもあります。

「早く譲らなければ」という焦りから解放され、現役世代も次世代も、テクノロジーを味方につけながら、より長期的なスパンで自分たちのレガシーをどう育てていくかを対話できるようになります。変化を恐れるのではなく、その波を乗りこなすことで、ファミリーはこれまでにない「時間の余白」と「心のゆとり」を手にすることができるのです。

2. 事業を自由にする「戦略的ドメイン転換」としてのM&A ~セッション「レガシーに焦点を当てる:次世代のための最適パートナーの見つけ方」

「家業を守る」とは、必ずしも今の事業内容をそのまま維持することではありません。米国の中堅企業向けM&Aの最前線から発信されたメッセージは、大きな示唆に富むものでした。

世界のファミリーが行うM&Aは、決して「身売り」や「撤退」という後ろ向きな選択肢ではありません。むしろ、自分たちの精神的な核(コア・バリュー)を守り抜くために、最適なリソースを持つ相手と組む「最高のパートナー探し」として再定義されています。

ここでの重要な観点は、単に「高く売る」という価格(Price)の追求ではなく、事業そのものが持つ「価値(Value)」を最大化することにあります。この「価値」には、売却後の家族のあり方、従業員の処遇、地域社会への影響といった定性的な要素が色濃く含まれます。

たとえ今の事業が時代のニーズとズレてきたとしても、ファミリーの「志」さえあれば、ドメインを大胆に変えて生き残ることができます。目の前の「事業会社」という形に縛られない自由が、結果としてファミリー・エンタープライズ全体の生命力を強めていくのです。

3. 次世代が切り拓く「選択の自由」 ~セッション「DNAとマネー:ETA(Entrepreneurship Through Acquisition:買収による起業家精神の獲得)を活用したファミリーオフィスの次世代イノベーション」「持続可能なレガシー:アル・ザミル家のケーススタディ」~

次世代教育においても、日本の既成概念にとらわれない事例がいくつもありました。 その一つが「ETA(Entrepreneurship Through Acquisition:買収による起業家精神の獲得)」です。

これはサーチファンドの仕組みをファミリービジネスの文脈に応用したもので、次世代が「自ら探した」小規模事業を、ファミリーの出資を受けて買収し、経営する手法です。 カンファレンスでは、30代前半のファミリーメンバーが、自らの専門性を活かせる精密製造業の会社を父や叔父の個人出資で買収し、CEOとして奮闘している事例が紹介されました。 家業以外の場でリスクをコントロールしながら経営の真剣勝負を経験し、ガバナンス文化や当事者意識を醸成する。これは「投資」である以上に、極めて実戦的な「教育」の形です。

また、サウジアラビアの「ザミル家(Al-Zamil Family)」の事例も日本では見られない内容でした。サウジアラビアで鉄鋼やエアコン事業を礎とするザミル家は、創業から5世代、150名を超える大家族(いとこだけでも84人!)を抱えています。彼らの教育プログラムポリシーは、「学校では教えないことを家族として教える」というものです。特権意識ではなく、感謝と社会的責任(フィランソロピー)を育むことを目的としたカリキュラムが構築されており、ファミリーの教育責任者と専任スタッフ2名で運営されています。自社工場の見学や市場(スーク)でのビジネス体験、チャリティ活動などを通じて、楽しみながら「ファミリーの一員としての自覚」を育んでいます。成功の鍵は、子供を参加させる前に、まず「親」がそのプログラムの価値を深く理解するよう働きかけるアプローチにありました。

彼らに共通しているのは、次世代を「家業の歯車」として育てるのではなく、一人の「起業家」、あるいは「オーナー」としての意思決定能力を、家族が心から信じていることです。

結びに:支援者もオーナーも、もっと世界を見よう

「家業に入るか、入らないか」という二択ではなく、自らの専門性や情熱をどうファミリーに還元し、貢献するか。その選択肢は、私たちが想像するよりもずっと広がっています。

ファミリーがその「選択の自由」を認め、信頼して任せる。この姿勢こそが次世代に輝きを与え、結果としてファミリー全体の幸福度を高めます。

私たち支援者は、クライアントが自らの意志で「こうしたい」を選べるようになるために、世界の多様な選択肢を提示し、共に鎖を解いていく伴走者でありたいと思います。

来年、40周年を迎えるFFIニューヨーク大会では、さらに進化したファミリービジネスの形に出会えるはずです。その新しい地平を、また皆さんと共に分かち合いたいと思います。

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