ファミリーガバナンス再考
昨今、ファミリーガバナンスと言う言葉をよく耳にするようになった。
2008年、「ファミリービジネス学会」を経営学界の著名な先生方と立ち上げた際、学会名をどうするかの議論となった。それほど当時は、オーナー企業や同族企業の呼び方が一般的で、ファミリービジネスと言う言葉は知られていない状況であった。最近、「ガバナンス」が流行り言葉になったためか、ファミリービジネスよりさらに専門的なファミリーガバナンスが一般に何気なく使用されているのには驚かされる。
3年前に共編者として出版した拙著『ファミリーガバナンス(副題:スムーズな事業承継を実現するために)』もファミリーガバナンスが一般に受け入れられるようになった一因ではないか、と密かに自負している。現にファミリーガバナンスを検索すると拙著がトップページに表れてくるようだ。今回、この原稿を書く機会を得て、あらためてファミリーガバナンスについて考えてみることにしたい。
「コーポレートガバナンス」と「ファミリーガバナンス」を最初に説明・定義したい。
「コーポレートガバナンス」では、まず広くコーポレートガバナンスのありようについて考えてみたい。最近、日本では企業がその行動を律するために、コーポレートガバナンス制度の導入が進められているが、そもそもコーポレートガバナンスとはどのような概念であろうか。その定義については、経営面からのアプローチのほか、企業倫理等に基づいたアプローチなど立場の違いや、あるいは国によって社会的背景の違いもあるため、国際的に統一的な定義は定められていない。たとえば、株主至上主義の観点に立った米国型コーポレートガバナンスの一般的な定義は、「所有者と経営者の企業のコントロールに関する関係」となる。また、この分野の世界的権威とされるモンクス(Monks, R.A.)とミノウ(Minow, N)は、「企業の方向性と活動内容を決定する際の様々な参加者の関係」であるとし、その主な参加者が「株主、経営陣、取締役会」であり、他の参加者として「従業員、顧客、債権者、供給業者、地域社会」が挙げられるとしている。この考えは、どちらかと言えば広義の定義として位置付けることができるであろう。日本国内におけるコーポレートガバナンスの定義としては、2018年6月に東京証券取引所が公表したコーポレートガバナンス・コード(2018年6月版)の冒頭で「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」を意味するものだというものが挙げられている。これらの定義をみると、コーポレートガバナンスとは、社内における経営管理の仕組みに着目するだけでなく、外部の利害関係者との良好な関係を築くことも求められているものだと言えるであろう。なお、コーポレートガバナンスと類似した概念として、CSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)があるが、これはコーポレートガバナンスに関係する多様なステーク・ホルダーのうち、より外部とりわけ社会との関係を重視したものだと言えよう。
次に、「ファミリーガバナンス」だが、一般のコーポレートガバナンスとは違う観点から捉える必要がある。すなわち、ファミリービジネスでは、企業の統治に加えてファミリーの統治についてもその仕組みを重層的に導入していくことが求められる。ファミリービジネスにおけるガバナンスの難しさは、ビジネスに対するコーポレートガバナンスとファミリーに対するガバナンスを両立させなくてはいけない点にある。
言い換えると、ファミリーガバナンスは、ビジネスにおけるコーポレートガバナンスとファミリーメンバー間での良好な関係性が構築されている状況を意味し、それとともに、2つのガバナンスが調和するように、その関係性を調整するためのビジネスおよびファミリーが作る「統治するための各種の仕組み」までも含むものと定義ができる。
この「ファミリーガバナンス」を行うにあたって、具体例な方策を紹介したい。
一つは古典になるもので、3円理論で有名なジョン・デイビス(John A. Davis)がHBS Working Knowledge (November 2001)に発表したものだ。氏はファミリーガバナンスは3つの柱からなるとした。1つ目はファミリーの定期的な集まり(典型的には、毎年1回)(Periodic (typically annual) assemblies of the family)、2つ目はファミリーの計画やポリシーを決定するファミリー協議会(Family council meetings)、3つ目はファミリーのポリシーやビジネスとのあり方を規定する書面のファミリー憲章(A family constitution)である。シンプルではあるが、ファミリーガバナンスを遂行するための実際的な方策として、今でも十分有効であり、20年以上前に書かれたものとは思えない。
次なる具体例は、筆者がFBAAの最近のセミナーの講師であるフィーモ代表取締役の大澤真氏から伺ったものである。氏は上記の3つの柱は包含されながらも、ファミリーガバナンスを実現する器として、ファミリーオフィスの重要性を力説されておられた。古典の知恵に新しい知恵が重なって、非常に説得的であると感じたのは筆者1人ではないと思う。
今、ファミリービジネスにおけるガバナンスのあり方を考える上で、喫緊の課題となっているのが、事業承継の問題である。日本の被雇用者の約70%はファミリービジネスで働いているが、日本のファミリービジネスは現在、経営者の高齢化や業績悪化もあり、スムーズな事業承継が大変困難な状況にある。ファミリービジネスの存続が危ぶまれ、倒産にもなると、失業者があふれることになる。世代交代に伴う事業承継を行うにあたり、ファミリービジネス経営者は何に気をつけて、どのように会社を引き継ぐのか、また、後継者は創業者もしくはファミリービジネスの継承者が築いてきたガバナンスをどのようにつないでいけば良いのか、大いに悩むところである。
ファミリービジネス、ファミリーガバナンスを考える際に、事業承継の重要性をあらためて再認識することが必要になるのである。
Author Profile
FBAA理事、ファミリービジネス学会理事、日仏経営学会理事。
1978年大阪外国語大学 (現・大阪大学) 卒業、パリ政治学院(CEP)修了、INSEAD(MBA)修了、日本大学博士(国際関係)。富士銀行(現・みずほFG)、朝日大学を経て2006~21年日本大学大学院総合社会情報研究科教授(12~20年同研究科長)、21年4月から現職。
著書に『ファミリービジネス 最良の法則』(翻訳)ファーストプレス社、『日本のファミリービジネス』(共著) 中央経済社、『ファミリーガバナンス』(共編著)中央経済社など多数。資格:米国公認会計士(US CPA)、CFP他。