キッコーマンから学ぶ持続経営
キッコーマンは2021年4月、次期代表取締役社長COO(最高執行責任者)に中野祥三郎 代表取締役専務執行役員兼キッコーマン食品代表取締役社長を内定し、堀切功章 代表取締役社長CEO(最高経営責任者)は代表取締役会長CEOに就任すると発表した。
中野祥三郎氏、堀切功章氏は共に創業家の出身で、2004年に創業家以外から牛久崇司氏(2004~2008年)、染谷光男氏(2008~2013年)の後、創業家から堀切功章氏(2013~2021年)、そして中野祥三郎氏(2021~)と創業家出身者が続くことになります。
さて、キッコーマンの特徴は茂木6家、堀切1家、高梨1家、この8つの家(醸造家)の集合体であることです。中野家も創業家に含まれます。
※高梨は本来の「高」の文字は「はしごだか」で機種依存文字のため、「高梨」を使っています。
この、8つの家で最も古いのは高梨家で、高梨家は1661年に下総国上花輪村(現在の千葉県野田市上花輪)で、19代の高梨兵左衛門が醤油の醸造に着手したのが始まりです。
また、茂木家は初代の茂木七左衛門が1662年に野田で味噌醸造を始め、5代の茂木七左衛門が1766年に醤油醸造に転じたのが始まりとされています。
その後、茂木家と高梨家は婚姻関係を結びながら代々醤油の醸造を行っていました。この頃はまだ個々の家による個人経営の時代です。
その後、個人経営時代から会社経営時代へと大きな変革となったのが1917年です。つまり、1917年に将来を見据えた時代の変化に対応するために、既に縁戚関係であった、茂木6家、堀切1家、高梨1家の8つの家(醸造家)、が大同合併して野田醤油(株)を設立しました。
これが現在のキッコーマンに至っています。
しかし、お互いに縁戚関係ではあったとはいえ、それまで長期に渡って個々の家でブランドを守って競争をしてきたわけで、合併に至るまでの経緯は容易ではなく、当時としては大英断であったと言えます。
この合併によって事業規模の拡大は勿論、工場や経営の近代化が可能となり、野田のローカルブランドからナショナルブランドへと、その後の大きな発展に繋がっていきました。つまり、大きなイノベーションを起こしたわけです。
茂木友三郎氏(キッコーマン名誉会長)は、この様に語っています。
「企業の寿命は30年と言いますが、大体30年に一度くらいは大きな問題が起きるものです。
企業が長期間生き延びられるかどうかは、それを乗り越えるかどうかということにかかっています。ただ守るだけでは駄目で、ピンチを前向きに乗り超える。
そういう意味で、われわれは、積極的に立ち向かう姿勢を貫いてきました。
いろんなピンチをその都度、努力によって乗り越えてきたことの繰り返しなんです」
さて、企業にとって事業承継は重要で、個人経営時代は「家」という概念を中心とした家父長制度のもと、長子相続が一般に行われていました。
- 本家の長男が家業、いわゆる醤油醸造の家業を承継する
- 同時にその者が財産を承継する
- そして当主としての象徴というべき名前を襲名する
更に、「家」を継続させるために、養子縁組や分家制度も行われていました。
1917年から2004年までの一族の歴代社長10人の内、3人が養子の方です。
また、合併の時に茂木家6家とあるのは、茂木家は積極的に分家を行ったことで、合併当時6家まで拡大していたと言うことです。
一方、1917年の合併により、これまでの個人経営時代から会社経営時代へとなり、また1946年には株式を公開しますが、2004年まで一族内で社長を歴任していました。
そのために一族と経営の不文律が存在しています。
- 創業8家のキッコーマンへの入社は1つの家から1人に限定する
(但し、近年は通常の採用試験を通ることが前提) - 社長は特定の家で独占せず、一番経営能力のある者を選ぶ
- 創業家は社長の人事には口出ししない
つまり、ファミリービジネスにとって、事業継続の強い意思を明確にし、入社のルールや社長の選任ルールを作ることは大切で、このようなルールが形成された要因は、創業者が1人ではなく、一族8家の集合体であったことに由来しています。
いずれにしても、結果的に一族の中で多くの人材が競うことによって、経営能力を養わせることになり、いわゆる同族企業に有りがちな甘えを排除し、組織発展の原動力となっていると分析することができます。
また、特筆すべき点は1917年の合併の時に、各々の家に残されていた家訓を審議して、17条の家憲を編纂したことです。
これも、一族8家の集合体であったということに由来していて、一族が守るべき共通の価値観が示されています。
その1条は、「一門すべからく和をもって貴としと為すべし、互いに敬信して争うことなく、事業の隆昌と家運の長久を期すべし」から始まります。
つまり、合併に至るまでの困難な時期を通して、8家の調和がヒジネスとファミリーにとって、いかに大切かを表しています。
さて、キッコーマンの事例から学ぶべき示唆を纏めると次のようになります。
- 企業は常に危機やビンチに直面するもので、その時は、ただ守るだけでは駄目で、前向きに乗り越える。つまり「守りから攻めの姿勢が大切」ということ。
- 企業にとって事業承継は重要で、その為には事業継続の強い意思を明確にして、事業承継のルールの明確化と共有化が必要であると共に、ルールは時代の変化に合わせて変えることも大切であること。
- 企業が持続的成長をしていく為には、ファミリーとビジネスの双方の価値観を共有することが大切で、その為には家憲や創業者精神のような一族(ファミリー)の理念が必要であり、それらを劣化させないこと。
Author Profile
(株)丸仁ホールディングス 顧問
(株)ヴィアン 元代表取締役社長
1954年兵庫県生まれ。
大学卒業後、東洋製罐勤務を経て1981年東京コカ・コーラボトリング(株)
(現、コカ・コーラボトラーズジャパン)に入社。
東京コカ・コーラは叔父である故)高梨仁三郎氏が創業。
その後、グループ企業の持ち株会社である(株)丸仁ホールディングスで取締役として勤務、現在顧問。
2007年には関連会社でフランチャイズビジネスを展開する(株)ヴィアンの代表取締役社長を歴任。
2002年NPO法人FBNジャパンを設立し、現在理事長。
主な著書
『老舗の研究 改訂新版』(共著2012)
『ファミリービジネス白書』(共著2015)
『ファミリービジネス白書』(共著2018)
『変わる事業承継』(共著2019)