相続紛争の家事調停の現場で感じたこと

私は、現三菱UFJ信託銀行に就職し、三菱UFJ銀行の子会社に転籍、事業承継や資産承継のコンサル業務を10年余り行い、65歳で定年退職した。

定年後は、信託銀行の先輩の勧めもあり、家庭裁判所の家事調停委員になり、今年の9月に任期満了により退任するまで6年ほど家事調停委員を務め、その間約180件の事件を担当した。

大半は夫婦関係調整、所謂離婚調停で、遺産分割関係の調停は2割程度であった。

 

今年7月の新聞によると、厚労省の調査では日本の子供の貧困率(中間的な所得の半分に満たない家庭で暮らす18歳未満の割合)は13.5%で、母子家庭では48.1%に上り、依然子供の貧困の問題は深刻である。

この一因が養育費の問題で、養育費を受け取っている母子家庭は約24%で金額は月4万円以下が38%との調査結果があるとおり、養育費を受け取っていない家庭が多く、金額も少ないのが実情である。

 

離婚調停を申し立てれば、親権、養育費、面会交流、財産分与、慰謝料等の離婚条件を話し合いで決めることができるが、離婚の9割が協議離婚といわれており、そもそも養育費を約束せずに離婚するケースが多い。

また、協議離婚や調停で養育費を決めていても支払わない父親が多いことも現実である。

近時、養育費の立て替え払いや義務者への督促をする制度の導入を検討する自治体もあるが、養育費の逃げ得を許さないためにも、国が養育費の立て替え払いや強制徴収の制度の導入を急ぐべきであろう。

 

また、別居中や離婚後の子供との面会を求める面会交流の調停が増えている。

子供の福祉のためにも両親から愛情を受けて育つことが必要なことは周知のことであるが、面会を行える公的な施設や公的なサポートが少ないことで、面会交流に消極的な母親が多い。

一方で子に会えないことを理由に養育費を出し渋る父親もいる。

三組に一組が離婚すると言われ、離婚が常態化する時代に、法律や制度が追い付いていないことが子供の貧困や貧困の連鎖を生む原因となっていると感じた。

 

次に遺産分割調停であるが、遺産分割、遺留分減殺請求、祭祀承継、遺言無効確認、遺産に関わる紛争などの事件を経験した。

現役の時は商売がら遺言信託をセールスしてきたが、「我が家は財産が少ないから」とか「我が家の子供たちは仲が良いので我が家に限って揉めることはない」などの断り文句をよく聞いた。

ところが、調停に持ち込まれる案件の遺産別内訳は1000万円以下が32%、1000万円超5000万円以下が43%、と5000万円以下が大半で、5億円超は0.3%しかない。

「金持ち喧嘩せず」というが、遺産が少ないケースの方が揉めるのが現実である。

 

遺産分割事件の当事者は兄弟姉妹が大半である。「兄弟は他人の始まり」というが、所謂一次相続では残された親に遠慮して不満があっても表立って争はないが、残された親の相続である二次相続では揉めるケースが多い。

調停の場では、子供の時からの感情的な不平不満が一気に噴き出して、相手方への非難をまず聞くことから始まる。

兄弟姉妹の親族関係は破綻し、以後の付き合いもなくなる。

 

遺産を巡って子供たちが争うことは、親の本意ではないであろうから、財産が少ない場合でも、遺言書の作成は必要であろう。

今年の7月から自筆証書遺言を法務局で保管してくれる制度が開始された。

財産目録をパソコンで作成することも可能になったし、法務局で遺言書の形式チェックはしてくれるので、形式不備により無効になることもない。

また、偽造や紛失の恐れもなく、相続発生時の裁判所による検認も不要となるメリットもある。

 

兄弟姉妹の次に多かったのは、被相続人が離婚をしている場合の前妻の子と後妻さんの争いである。

例えば、子が幼い時に離婚し、その後も音信不通の状況で父親が亡くなった場合に、父親の死亡を知った前妻の子が遺産分割を求めるようなケースである。

遺産が自宅しかない場合は高齢の後妻さんが泣く泣く近くのアパートに引っ越し、自宅を売却する羽目に陥ることになる。

 

今回相続法が改正されたが、その中で配偶者居住権という新しい権利が創設され、今年の4月に施行された。

配偶者居住権は被相続人名義の自宅に、配偶者が一生住み続けられる権利で、物件であるから登記ができ、評価額もある。

人生100年時代、残された配偶者に自宅以外の預金等の財産の相続も可能にする観点から創設されたもので、例えば、自宅の土地、建物は子供が相続し配偶者は配偶者居住権を相続すれば、所有権よりも配偶者居住権の方が評価額が低いので、その分預金等を多く相続できる。

また、配偶者が死亡すれば、自宅を相続した子供が権利の付着のない所有権を自動的に取得することになるから、二次相続での争いを防げる可能性もある。

前記の後妻と前妻の子との争いでも、後妻が配偶者居住権を相続し、前妻の子が所有権を相続する解決方法も考えられる。

 

次に、遺留分についての改正がなされ、昨年の7月に施行された。

改正前の民法では、遺留分減殺請求がなされると当然に物権的効果が生じ、遺産である土地や株式等について受遺者等と遺留分権利者と共有関係が生じてしまい円滑な事業承継を困難にする問題があった。

改正民法ではその点を見直し、遺留分に関する権利を行使することにより、遺留分権利者と受遺者との間に遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずるものとされた。

よって、改正前の遺留分減殺請求権は遺留分侵害額請求権に変わり、請求を受けた受遺者は金銭で支払わないといけなくなるので、裁判所は受遺者の請求により金銭債務の支払いにつき相当の期限を許与することができるとされたが、遺留分侵害額請求が予想される場合は、生命保険等を活用して現金の準備をしておくことが肝要と思われる。

 

また、遺産分割調停では寄与分の主張がなされるケースが多い。

従来は相続人にしか寄与分は認められていなかったが、今回の改正で「特別の寄与」の制度が新設され昨年の7月に施行された。

被相続人の相続人でない親族(特別寄与者)が、無償で療養看護などの労務を提供して被相続人の財産の維持増加に特別の寄与をした場合、相続の開始後、相続人に対して金銭(特別寄与料)を請求できることとされた。

例えば亡き長男の妻が被相続人である義父や義母の療養看護を行った場合、改正前は長男の妻は相続人でないので相続財産の分配にあずかれなかったが、改正により相続人に対して特別寄与料として金銭を請求できることになった。

ただし、相手が請求に応じない場合の家庭裁判所への請求は、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6ヶ月、相続の開始から1年以内に請求する必要があり、期間が限られていることに注意する必要がある。

 

家事調停委員を務めることにより、親族法や相続法を学び、裁判官の指導のもと実情に即した解決を図る手助けが出来たことは、大変貴重な経験であった。

この経験をファミリービジネスのコンサルに活かしていきたい。

Top