ファミリービジネスの女たちはどう生きてきたのか ―船場の御寮人さんに学ぶ―

「女中は始終、御寮人はんの眼の色を気遣い、流しには菜っ葉の端くれも落ちていなかった。
うちらの暇が出来たら店へ出て、細かい算盤をはじいて、商いの采配の一つもし、御寮人はんは、若旦那はんよりきついと奉公人にそしられた。
吾平と反対に子供の教育は出すぎるほど熱心だった。」

大大阪時代の船場商家に生まれ育った作家・山崎豊子さんのデビュー作「暖簾」には、商家の女たちが在り在りと描かれている。

いわゆる商家の「町屋」は、表がお店、奥には主人家族の住まいがある職住一致である。

店と奥を遮るのは暖簾だけであり、主人家族も店員も女中も、毎日顔を合わせた。

若奥さんは「御寮人はん」(ごりょうんはん)と、先代の奥さんは「御家さん」(おえさん)と呼ばれ、来客接待、奉公人の着物の裁縫、帳面付けや照合の手伝い、家族や親戚関係・本家別家関係のこと、町のこと、新入店員への行儀作法や読み書き・そろばんなどの教育、配置の決定など、多くの役割を女性たちが担ってきた。

そんな大大阪時代の面影を残す大阪船場の町も空襲の戦火に焼き払われ、職住一致の商家の文化は形を失ってしまった。

いつしか「御寮人はん」という呼び名も廃れ、ファミリービジネスの女は「名前」を失った。

 

商家のど真ん中に生まれ育った山崎豊子さんとは打って変わって、私は戦後の小さなファミリービジネスの“端っこ”で育った。

滋賀県湖北の小さな村出身の祖父が戦後に大阪で立ち上げた製造業の会社。父は三人男兄弟の二男。

三人兄弟全員がその会社で勤め、現在は、長男が社長、二男である父が専務、伯母も取締役に入り、三人兄弟のそれぞれの長男が1人ずつ、孫世代3人も加えて事業を続けている。

私は、そんなよくある戦後の同族会社の第三世代の二男の娘、「ビジネス」にも「オーナーシップ」にも関わりのない「ファミリー」の端っこの存在だ。

端っこのよく見渡せる場所から、それぞれの役割を務めるファミリービジネスの女たちを見ながら私は育った。

 

「社長夫人」と聞くと、どんな印象だろうか。ブランドに身を包み豪華なランチに繰り出す優雅なイメージ?

「商売人の女房というものは、一生共稼ぎの夫婦で、しかも、24時間勤務の共稼ぎだと思っていた。食事の最中でも、お客があれば飛び出して商いし、夕食後の一憩みに取引先の来客あれば、たちまち飲み食いの接待係、その合間に店の者への細かい心遣いが要る。

個人の実力だけで立って行く商人の世界では、良家からの子女を奉って置くより、下目からでも夫ともに尻からげして健気に働く妻が必要だった。」

戦後復興期に戦火に焼けた昆布屋の再建に尽力した二代目・孝平が求めた妻は、平凡な顔立ちの健康優良児だった(『暖簾』150-151頁参照)。

三人の息子を育てながら住み込みの従業員たちの飯炊きにも追われた祖母の姿が重なる。

チキンラーメンの女房こと安藤仁子は、多事多難な人生の中、苦々しい日々には持ち前の負けん気で「なにくそ」と乗り越えていき、どんな困った状況に追い込まれても、いつも「クジラのようにすべてを呑み込む」と前向きな心で受け止め、自分よりも人のことを気にかけ、人にやさしく尽くし、細かい心づかいを忘れなかった。

そんな仁子のことを周りの人は、「仁子のくそ教」「クジラの仁子」「観音さまの仁子さん」などと慕ったという。

実は一人日記には夫への愚痴や不満もしたためていた仁子さん。

それでも暗さや湿っぽさを一切見せずに明るく観音様のような広い心で周りを照らし続けたのが、日清食品創業者の妻だった。

ファミリービジネスの女たちに、「社長夫人」なんて優雅な響きは似合わない。

 

「名も無き家事」という言葉が話題になったが、「名前」が無いということは「存在」しているのに「承認」されていないということだ。

「名も無き家事」を行なっている当の本人にとっては、厳然たる現実として存在している種々の作業も、傍観者にとっては認識することができない。

「ゴミの分別」「排水溝掃除」「献立立案」「食材仕入れ」「シャンプー補充」「再配達門限」などと名付けて初めて認識される。

哲学者メルロ=ポンティいわく、「事物の命名は、認識のあとになってもたらされるのではなくて、それはまさに認識そのものである」。

対象を名づけること自体が、対象を存在せしめることである。

「名前が無い」ということの忌々しきことをご理解いただけるであろうか。

「御寮人さん」という名前を失ってからも、ファミリービジネスの女たちは名も無き役割を担い続けてきた。

かつての御寮人さんたちが向けられてきた憧れや敬意の眼差しを向けられることもなく…。

 

実は私自身、現在、小さな小さな会社の社長夫人でもある。ファミリービジネスの端っこから変わって、スリーサークルのど真ん中で、妻(Family)・取締役(Business)・株主(Ownership)をやっている。

経営者の自伝や参考書、コミュニティは数あれど、経営者の妻が参考にできるものは数少ない。

かつての御寮人さんのように、作法を教えてくれる御家さんもいない。地図なき道を、名も無き業務に追われながら日々を過ごす、名も無き存在である。

私がライフワークとして取り組みたいことは、これまで日本経済を後ろで支え、暖簾を影で守り続けた名も無きヒロインたち ―ファミリービジネスの女たち― の軌跡を残し、後世の女性たちの道を照らす道しるべをつくることである。

ファミリービジネスの名も無きヒロインたちは、孤立無援なのだ。

名も無きヒロインたちに光を当てることで、一つでも多くのファミリービジネスが未来へと続く道を見つけられるように。

 

参考・引用文献:

『暖簾』 山崎豊子著 新潮社 1960年

『大阪船場おかみの才覚―「ごりょんさん」の日記を読む―』

荒木康代著 平凡社 2011年

『チキンラーメンの女房 実録 安藤仁子』 安藤百福発明記念館

中央公論新社 2018年

『ソシュールの思想』 丸山圭三郎 岩波書店 1981年

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