困難な適応課題をいかに解決するか
ファミリービジネス・アドバイザーに必要な基本的態度として、種々のフレームワークや理論を学んだうえで、それらの知識をアップデートし続けることがまず挙げられます。
とはいえ最先端の知識・技術を身につけるだけでは、ファミリービジネスが抱えている課題を適切に解くことはできません。課題を適切に解くためには、知識・技術に加えて、さらなるプラスアルファが必要になります。
ハーバード・ケネディー・スクールで長年教鞭をとっていたロナルド・ハイフェッツは、問題を「技術的問題」(technical problem)と「適応課題」(adaptive challenge)の2種類に分類しました。
この分類は、ファミリービジネスにも当てはまります。
ここで「技術的問題」とは、既存の知識・技術で解決できる問題のことであり、類似のケースで用いられた解決策をそのまま適用できる点に特徴があります。
これに対し、「適応課題」とは、既存の知識・技術だけでは解決できない問題のことをいいます。
たとえば、職場の情報共有という課題をグループウェアの導入によって解決する場合、既存の技術・ツールによって解決できることから技術的問題といえます。他方、役員の一人がグループウェアの導入に反対するため、この役員を説得しなければならないという場合、知識・技術だけでは解決できませんので、適応課題にあたります。
ファミリービジネスが直面する問題も、知識・技術で解決できる「技術的問題」と、それだけでは解決できない「適応課題」に分けられます。
たとえば、スリーサークルモデルのもとでは、ファミリービジネスは、所有(オーナーシップ)、経営(ビジネス)、家族(ファミリー)の3つのサブシステムが相互に影響を与え合うシステムと捉えられます。このモデルによって、ファミリービジネスが直面する特有の課題を把握できます。
ファミリービジネスに特有の課題をあらかじめ把握しておくことは極めて重要なステップであり、この作業自体は技術的問題にあたります。
しかし、解決すべき課題は明確に見えているが、知識・技術を集めても正しい解決策が一向に浮かばないというケースも珍しくありません。
それこそが適応課題であり、ファミリービジネスでは多くの場合、人と人との関係性が問題の本質です。
アドバイザーは、どこまでが知識・技術で解決できる技術的問題で、どこからが知識・技術だけでは解決できない適応課題かを、正しく見極める必要があります。
ここで、関係性を本質とする適応課題を解決する一つのヒントとして、「ナラティブ・アプローチ」という方法があります(参考:宇田川元一「他者と働く」NewsPicksパブリッシング)。
「ナラティブ」とは、個人の認識を規定する「解釈の枠組み・ものの見方」を意味します。
たとえば、医師と患者との間における典型的なナラティブは、医師にとって患者は「診断の対象」であり、患者にとって医師は治療してくれる「先生」であるというものです。
ナラティブ・アプローチは、相互のコミュニケーションを通じて自分のナラティブと相手のナラティブをよく理解し、従来の枠組みを客観化・相対化して、より良い新たな関係性を構築しようとする取り組みです。その前提には、自分のナラティブも相手のナラティブも「解釈の枠組み」の一つに過ぎず、どちらも絶対的に正しいとはいえないという哲学があります。
従来の関係性・コミュニケーションが行き詰っている場合、その原因は、自らの解釈こそが正しく、相手の解釈は間違っているという心的態度にあることがほとんどです。そもそも人間は、誰もが「自分は正しい」という気持ちで生きています。自分は間違っているかも知れないという認識は、世界に対して働きかけ、そのフィードバックを素直に受け取ることで生まれます。
したがって、自分のナラティブは解釈の枠組みの一つに過ぎず、絶対的に正しいわけではないと理解して、自らのナラティブを客観化・相対化することが、新たな関係性を構築するための第一歩となります。
専門家として仕事をしていると、自らのナラティブは基本的に正しいとの誤った思い込みに陥る危険が多々あります。ファミリービジネスで直面する適応課題に適切に取り組むには、そのような思い込みを捨て去って、自らのナラティブを客観化・相対化し、関係者とのコミュニケーションを通じて自らのナラティブを柔軟に変容させる能力が必要です。
私は普段は弁護士として仕事をしており、裁判では「ケースセオリー」を構築します。
ケースセオリーとは、一般に「裁判において求める結論への道筋」をいい、求める結論を法的に導くもので、かつ、裁判上に現れたすべての証拠を論理的に矛盾なく説明できる物語をいいます。
肝心なのは、クライアントにとって一方的に都合の良いフィクションを作り上げるのではなく、判断権者・関係者が真に納得できる合理的で質の高い物語を構築することです。
その際、自らのナラティブに固執していては、関係者のナラティブを十分に理解できないため、質の高いケースセオリーを構築することはできません。
その意味で、弁護士の仕事とファミリービジネス・アドバイザーの仕事は、深い部分で共通しています。
さらにいえば、関係性を本質とする適応課題は、人生のあらゆる場面で立ち現れてきますので、自らのナラティブを客観化・相対化する柔軟な対応は常に求められます。
したがって今は、やや大げさに言えば人生そのものを適応課題を解決するための実践の場として捉えるよう努めています。
Author Profile
http://amano-law.la.coocan.jp/
経営法曹会議会員
企業規模を問わず人事労務に関する紛争を数多く取扱い、裁判による解決を見据えた予防法務に注力している。