持分あり医療法人が一番先に取り組むべき対策とは?

現在、日本全国の医療法人総数のうち、出資持分のある経過措置医療法人の占める割合は約72%(H31年3月31日厚生労働省調べ)と言われている。

相続・事業承継を考える上で意識すべき3つの項目

  1. 人的資産の承継(次世代に継ぐ仕組みづくり)
  2. 社会関係資産の承継(信用・信頼など過去に積み上げてきた名声を継ぐ仕組みづくり)
  3. 財的資産の承継(目に見える資産、見えない資産を継ぐ仕組みづくり)

持分あり医療法人が特に③財的資産の承継において最も頭を悩ませている事と言えば『出資持分』の評価が高くなりすぎた事によって、それを相続する後継者の相続税の負担が大きくなってしまう事と後継者以外の相続人に対する遺留分(遺言が存在する)の増大もしくは遺産分割時(遺言が存在しない)に後継者以外の相続人に多額の代償交付金が必要となる懸念があげられる。

2019年4月より40年ぶりに民法が改正となり、従来の遺留分減殺請求を起因とした遺留分を侵害した範囲内で全ての遺産を共有するルールから遺留分侵害請求を起因とした遺留分侵害額に相当する額を金銭で弁済する事が出来るようにルールが変更となった事で、後継者は納税資金と遺留分侵害額の金銭支払い(遺言が存在する)、代償交付金(遺言が存在しない)という観点から益々【お金】を準備しなくてはならない必要性が出てきたと言える。

その一方で想像以上に親の相続に関心がない子供達(相続人)が存在するのも事実である。後継者でもない、そして会社の経営にもタッチしておらず興味がないのは当然と言える。

私は現在、医療法人をクライアントとして25法人程担当させて頂いており、その大半が同族(家族)経営である。その中で相続対策と称して出資持分や財産の評価を下げたり、移転を行うと言った手法を実行する前に、相続人を含めた一族全体でこれから自分達の病院(会社)をどうしていきたいのか?という共通認識を早くから持つ大切さ、特に経営にタッチしない人も含めそこに集う一族各々の気持ちの部分も、しっかりと形に見える化して差し上げる事が何よりも大切であることを昨今、痛感している。

今回は一族の協力を得る事によって前進を果たした、事例を一つ発表する。

  • 設立約40年の医療法人
  • 理事長(82歳:父)、MS法人社長(75歳:母)、
  • 長男(医師、理事:後継者)長女(専業主婦:地方に嫁いでいる)次女(薬剤師:時期MS法人後継者)三女(医師、理事:当院勤務)この他に
  • 理事長の弟3人が理事でその子供達5人は医師として病院に勤務。
  • また、社員(当該法人株主)には理事長、長男、理事長の弟×3人という構成になっている。

この度、勇退を目前として理事長の出資持分の評価額が非常に高くなり自身の出資持分を後継者である長男に贈与・相続するとなると約15億円程の評価となり納税額も約5~8億円必要との試算を顧問税理士から得た。その対策の一つとして『持分なしの医療法人』に移行するのはどうかと理事会にて話題にあがった事から議論は始まった。

3人の弟理事からの声

〇そもそも、父の代から続いて来た病院の『持分』は個人事業の時を含めると、先祖代々から脈々と受け継がれてきた財産である。それを、後継者に相続させるのが困難だから全て国に返上して相続対策とするという考えに納得できない。

〇自分は社員という立場で持分を保有している、言わば株主のような存在なのに、なぜ

兄(理事長)の一存で持分を放棄を決めなくてはならないのか?

『社員の退任時の持分払い戻し請求権』を放棄しろと言っていると同じだ。

〇病院の重要事項に関しては理事だけの問題ではないので一族全体の意見を集約すべきでは?

以上のように、3人の弟が兄である理事長の考えに当初賛同しなかったである。

移行にあたっての手続きは『定款変更』が必要な為、社員総会を開いて決を取るわけなので理事長だけ賛成しても残りの社員が反対すれば実現しない話である。

また、持ち分を放棄すると医療法人自体にかなり高額な贈与税が課税される事も大きな問題点のひとつでもあった。(こちらに関しては当初から認定医療法人への検討も上がっていた)

ファミリーにとって一番大切なこととは?

持分を放棄する事に理事長及び後継者の長男以外はほぼ反対している状況の中で事態を少しずつ動かしたきっかけは月一回の理事会後の専門家を交えた勉強会と食事会。そして、理事長と3人の弟たちが全家族を集めて行った箱根への小旅行である。

僭越ながら、いずれもコーディネートさせて頂いたのは小生であるが

  • 理事会後の専門家を交えた勉強会では弁護士、会計士、税理士、小生(保険)、不動産業者が相続・事業承継についての現状と対策方法についてレクチャーがありそれを使って自分たちの医療法人がどうあるべきかの討論を行う時間を持った。理事ではない、第三世代(理事長、弟の子供達)も参加させた事が大きかった。
  • 一族全体会議などの定期的に皆が一堂に会する行事を今まで殆ど、自発的に行って来なかったので実現にこぎ着けるまで約一年程掛かったが大家族で箱根の旅館へ夏休みの時期に2泊3日の旅行を行う事ができた。

その中で4人兄弟の長男である理事長が3人の弟達とその家族を前にして先代のお父様が設立した病院を今まで守ってこれた事。大きくできた事。そして、これからどうして行きたかを熱く語って頂いた。理事長の話の殆どは3人の兄弟の協力なくしては今までの発展は無いし、これからの存続もないという事であった。

普段あまり兄弟について称賛を述べない理事長だったこともあり、弟の家族から大きな拍手が上がった。また、後継者へ長男を指名する事によって次の一手を共に助け合って行こうという方向に持っていく事にも成功した。

4兄弟の家族からなる大所帯の医療法人において、家族の殆どが現理事長の後継者は長男であると思っていた。しかし、それについて一族全体からの話合いや賛同をもらう機会をこれまで作って来なかったせいで全てが何となく漠然とした消化不良の状態であった。

この度の小旅行で亡き創業者の事を皆で想い、今ある病院のお陰で今の自分達の基盤が作られている事を改めて感じられた事で、未来にこのバトンを渡していきたい。それには何をすることがベストの選択なのか?と声が上がり始めたことは非常に意味のあることであったと理事長が振返っている。

気持ちが一つになると後は良い方向に進むにはどの選択がベストなのか?の議論になり、理事会後の勉強会では今まで以上に活発な意見交換会の形となっている。

現段階では

  • 後々、相続税や持分比率で揉める可能性があるなら持分なしの医療法人へ移行すべきでは?
  • みなし贈与税の負担を回避するため、認定医療法人になるためには?
  • 6年間、理事報酬が約3,000万円~3,600万円付近になる事に抵抗はないか?

各々の家族単位で検証。

  • 2020年に理事長と2番目の弟が退職するにあたり退職金を支給するタイミングで何をすべきか?出資持分の価格を下げる為にどう生命保険を活用するのか?(解約・貸付)
  • 財産の保有制限について『遊休財産は事業にかかる費用を超えない』という基準が設けられるので現預金等の遊休財産の対策をどうするのか?

以上のようなタスクを①ファミリーサイドで②ビジネスサイドで③オーナーサイドで、どんな影響が出るのかをはっきりさせ疑問点をクリアして議論を前に進めている最中である。

まとめ

現在、昨年までは考えられないような熱い議論を交わす理事会になっている。不思議と金融機関や会計士、税理士の提案するスキームにも耳を傾ける。

小生は担当として生命保険を使った承継対策(納税資金対策・遺産分割対策)を5年前から取り組んで来たがその意味がやっと理解できたと第三世代から感謝されるくらいになった

やり方よりも先に在り方。どこかで聞いた話だが、ファミリーが一つの方向に進むと決める時、おそらくそれは理念や在り方を皆が共有した時なのだと、当該ファミリーから改めて勉強させて頂いた。

承継までの道のりはまだ半ばだが、自身の顧客として、この一族に伴走させて頂ける事に日々喜びを感じております。

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