FBAAで得た知見の実践可能性について
FBAAフェローの弁護士の金木健です。弁護士としてビジネスにかかわる場合、法的側面についてのアドバイスが主になります。かたや弁護士としてファミリーに関与する場合、特定の(推定)相続人の代理人に就くという場面が多いと思います。いずれにせよ関わり方が限定的です。
そうした中で私自身意外だったのですが、弁護士業務の内ファミリービジネスアドバイザー的な立ち位置にあるのが成年後見人業務でした。
ご存じのとおり、成年後見制度とは判断能力の低下した本人の法定代理人として本人の財産管理や身上監護をするものです。典型的には認知症の進行した高齢者の本人のために就任するケースです。
判断能力が低下している以上当然本人はビジネスには関与できないのですが、その本人が事業用資産を所有していることがあります。
そして、その本人がファミリーの長の位置にあれば、本人のために就いた後見人も自ずとファミリービジネスのことを考える視点が求められる場面があります。私が経験した成年後見事案で「FBAAで得た知見を実践できていれば問題の深刻化が防げたのではないか」というものがあります。
事案の概要
父が某所である事業を開業(法人化していない)。子供は3人。事業所兼自宅のある土地建物。(5階建建物のうち1~4階が事業所、5階部分が自宅)を父が所有。長男及び二男は婚姻し自宅は他にあり。長女は独身、無職。
父が平成10年に死亡した後、母が事業所兼自宅のある土地建物を遺産分割協議により取得。長男が事業を引き継ぐ。長女と母が5階部分に同居。身上監護を長女が一人で担う。母が貸主、長男が借主となって建物の事業所部分につき賃貸借契約を締結。
母、平成20年以降判断能力が低下。長男が平成23年頃より賃料の支払停止。平成27年に母のために長女が家庭裁判所に後見手続申立。利害関係のない私が成年後見人に選任される。
ここにファミリービジネスの関係者を、株主や事業用資産の所有者(オーナーシップ)、オーナー家のメンバーか否か(ファミリー)、当該ビジネスに属しているか否か(ビジネス)について、どの立ち位置にあるかを分類するスリーサークルモデルがあります。
本人である母を、このスリーサークルに当てはめるとファミリーとオーナーシップの重なるところにあります。父の頃より経理面を担っておりビジネスにも大きな影響力がありました。長男はファミリーとビジネスの重なるところ、長女はファミリーですが、母の身上監護を一手に引き受けており極めて近い箇所にいます。
このファミリーですが、二男は別にして、母、長男、長女は日常的に目と鼻の先にある距離にいるにもかかわらず完全に没コミュニケーションに陥っています(母は既に発話できないという意味で)。
その結果、長男・長女間に疑心暗鬼に拍車がかかっています。成年後見人である私を介して以下のような発言が飛び交っています。賃料支払を止めたのは母と同居する妹の使い込みをおそれたことに加え、自分は建物の大規模修繕のために借金をするなどして大きな負担をしたため、母から当面家賃は支払わなくて良いと言われたから。(長男)
・母は一貫して兄さんに賃料支払を求めていた。そもそも色々な負担をする前提で家賃の額は低廉にしている。(長女)
・母から唐突に請求書がきたことがあったが、既に母の判断能力は落ちていた。あれは妹が母の筆跡に似せて作られたものだ。(長男)
などなどです。
家賃問題については、私が後見人に就いてからは「私が母の財産を管理するから問題ないはずだ」として家賃の支払を再開してもらいました。
しかしながら、長男の言い分も理解できることから、事業の継続を願っていたはずの母の意思を慮り未払分の回収については事業そのものを毀損しかねない、
果てはファミリーを一層壊滅的な状況に追い込むような手続(すなわち訴訟手続)に踏み込むことは控えております。
最終的には本人を被相続人とする遺産分割協議の場で、特別受益乃至寄与分の問題として相続人間で解決してもらうほかないと思っています。
本人と長女が5階部分に住む建物をめぐっても対立が深刻です。長男は、「建物の利用(処分を含め)については色々アイデアがあったのだが、妹が母を囲い込んでからは全く話し合いができていない。
老朽化した建物は土地と共に処分するしかない」、「自分はよそに移転する」というスタンスです。これに対し長女は、「母はここでずっと住み続ける意思です」と言って転居を強く拒みます。
長女は、母は施設に入所するとしても建物がなくなった場合の自分の生活について不安があるのは容易に想像がつきます。(建物についてどうなったかについてはここでは控えます)
以上の事例ですが、ファミリービジネスアドバイザーのもと、ファミリーミーティングが適時に開催されていれば、問題の深刻化を防げた可能性があります。
ファミリーミーティングとは、厳密な定義はありませんが、ファミリービジネスに関与するものが、ビジネス及びビジネスの基礎となる財産の管理や承継について定期的に話し合う場になります。
(ファミリーミーティングについては、武井一喜著『同族経営はなぜ3代で潰れるのか?』に詳しいです。)
開催のタイミングとしては、父が死亡し母が事業用資産を取得した頃より(遅くとも母の判断能力が低下する前)、定期的にファミリーミーティングを開催する必要があったでしょう。建物の維持管理費が嵩み長男の事業が厳しくなることが予想されれば、家賃について柔軟な対応ができた可能性があります。
また、ほぼ自活できない長女の将来を含め、事業所兼自宅をどのようにするかについて早めの対策が打てたかもしれません。すなわち、スリーサークルにまつわる全ての問題について対策が打てた可能性があります。
そして、タイミングを逸するとファミリーミーティングの開催そのものが不可能となってしまいます。開催できたとしても、対立が深刻化してからでは当事者の過ちを糾弾する場となってしまい、ビジネスの継続・発展を考えるという本来のテーマからは逸脱してしまうでしょう。
さらに、文書化につとめることも重要だと思います。合意文書のような体裁をとらなくても、各当事者の要望ベースでも議事録のような文書に残しておくことは有益だと思います。
特に家族など身内同士だと、それぞれの思い込みが大きくなる傾向があるため一層その必要性があると言うことができます。話し合いがあれば良いというものではないでしょう。
以上のように、成年後見人としてファミリービジネスアドバイザー的立ち位置にあるケースですが、事後的な関与であることから、ビジネスの継続・発展に寄与するというファミリービジネスアドバイザーとしての本来の機能を果たせるものではありません。
しかしながら、ファミリービジネスアドバイザーの業務としての可能性を考えさせられるケースでした。
Author Profile
2002年弁護士登録
CLS日比谷東京法律事務所 パートナー弁護士
倒産法務(破産管財,破産申立,私的再建等),会社法務,債権回収,
損害賠償請求事件(交通事故,建築,医療過誤等)
労働事件(企業側,労働者側)
不動産関連事件(売買,借地非訟,賃料減額交渉等)
相続(遺産分割,遺留分,遺言執行等),離婚,成年後見業務