社長と社員をくっつける『番頭』の重要性について

私は、銀行に勤務して20年近く経ちます。この5年くらいは、主に大阪の中小企業向けに融資を行なう部署におります。仕事柄、取引先の社長や役員、財務担当と接することも多いのですが、融資以外にもいろんなご相談(愚痴?)を受けます。

最近では、A社役員とこんな話をしました。

Aさん
「うちの会社の社長は、契約しているコンサルタントにぞっこんでして。この間も、コンサルタントから、『貴社の生産性はライバル会社と比べて低い。○○と○○を改善すべきだ』と言われたら、すぐに社員全員を集めて、『当社は、ライバルと比べて生産性が低い!○○と○○を至急改善しろ!何をやってんだ!』としかり飛ばすのです。

社員は、『またコンサルタントから何か言われたな』とわかっており、『社長はなぜ、現場を知らないコンサルにそそのかされているのか』と不満に思っています。

社長は、コンサルに引け目を感じているのか、すぐに信じてしまうんです」

「また、こんなこともありました。社長の奥様が役員として入っているんですが、会社の方針通りに動かないんです。営業会議で、セールスを控えようと決めたクライアントに対して、単独で乗り込んでいってどんどん売り込んでいくんです。そして、後処理を現場に投げるんですよね。『あれ、ここって売って良い先でしたっけ?』となるんですが、社長の奥様だし、役員だし、誰も何も言えません。

社長も知っているはずなんですが、奥様に注意している様子はないですね。家では、会話がないんですかね。」

実は、この種の話にはよく遭遇します。「コンサルあるある」、「ファミリービジネスあるある」ではないでしょうか。この2ケースに共通しているのは、社長と社員の気持ちが、乖離し始めていること。

このまま、事態を放っておくと、もっと溝が深くなり、対立が起きるかもしれませんし、それによって会社を辞める人も出てくるかもしれません。中小企業にとって、社員が一人辞めることのインパクトは計り知れないほど大きいものです。

学生時代、政治学をかじる機会があり、政権の強さを測るフレームワークなるものを習いました。それは、【中立性・正統性・能力】の3要素で構成されています。

中立性とは、特定の団体の利益を代表していないことを意味しています。公平ということです。

正統性とは、政権を担うにふさわしい血統・実力・実績等を持っていることを意味します。

能力とは、政権運営能力のことで、日々起こる問題を適切に解決することを意味します。

このうちのどれ一つ欠けても、政権は不安定になる。逆に3つ揃えば、安定政権を築けるそうです。

例えば、中立性に問題があるとしましょう。反対陣営の不満が高まる。事態を放置して反対陣営の意見に多数派が付くと、途端に政権基盤は揺らぎます。

正統性に問題があった場合の帰結は、ソ連崩壊やその後の東側世界の崩壊などを見れば明らかでしょう。能力が欠けている政権がどうなったかは我々もよく知っています。

3要素のうち一つが欠け始めると、早く対処しなければ、全てに飛び火して大炎上となり、取り返しがつかなくなります。

この考え方は、企業にも適用できるのではないでしょうか。社長は、「特定の人の意見に偏るのではなく、公平な経営を心掛ける」、「会社の理念の実現にふさわしい行動を取っているか」、「日々のリーダーシップや統率力や判断力、決断力などに問題がなかったか」を自問しなければならない。

また、社員がどう思っているか。古代中国の「敢諫の鼓、誹謗の木」のように、社員の意見の所在と動向を知ることが重要です。

ただ、実務の立場から申し上げると、中小企業の社長は、1人で何役もこなさなければならないため、非常に忙しく、この点が疎かになりがちで、手が回らないのが実状です。

この点をフォローしてくれる存在がいれば、救われたであろう会社を何社も知っています。社長と社員は、理念や目的を実現させるために走っている共同体です。長い間には、両者の意思疎通がうまく行かなくなり、乖離することもあるでしょうが、その発生メカニズムを理解し、両者をくっつける役割を果たす存在が、これからの時代の競争優位の1つになるでしょう。

現在ではなくなりましたが、江戸時代には「番頭」という役職がありました。辞書を引くと、「番頭とは、商家の使用人の最高職位の名称で,丁稚 (でっち) ,手代の上位にあって店の万事を預るもの。主人に代って手代以下の者を統率し,営業活動や家政についても権限を与えられていた」、とあります。

先の2例は、古くて新しい問題なのかもしれません。時代背景や法制度等、現在とは全く異なりますが、今こそ、番頭的な役割が求められているような気がします。

社長と社員を結ぶ役割、社長と家族を結ぶ役割。絶対的な上下関係もなくオープンな環境の現在においては、「番頭」は必ずしも「使用人のトップ」である必要はありません。

その意味では、ファミリーとビジネスを学ぶFBAAフェローに対する社会的期待が、ますます大きくなってくるのではないでしょうか。会社を存続させるうえで、この投稿が、少しでも参考になれば幸いです。

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