事業承継とともに受け継がれる目に見えないものについて
2020年は、これまでの当たり前が覆されるようなコロナ禍の中、多くの方が、様々な「はじめて」を体験する年ではなかったかと感じています。
そしてこれからも、益々時代の変化のスピードは上がり、いまだ体験したことのない何かに、これまで以上の速さで対応を強いられる時代なのかもしれません。
人が集まる組織をつくる、人事採用強化の現場にて
さて、私は「人が集まる組織をつくる」を目的に人材採用を支援する仕事をしております。
若き創業者の支援もあれば、ファミリーで代々引き継がれている企業様も多く、お手伝いする内容は多岐に渡ります。
一言で人材採用と申しましても、企業ごとに課題は様々で、自社の魅力を戦略的に広報できていない企業もあれば、働く人にとって魅力的な環境を創るところからご支援する場合もあるのです。
そして、働きやすい職場環境は時代に適応したものでなければならず、組織の在り方についての考え方を見直す必要がある企業も少なくはありません。
その際、代替わりをした企業によく起こりがちなのが、先代の考え方との対立や葛藤です。
興味深いことは、本人同士の対立や葛藤が、組織を二分するような観念同士の対立になったり、または本人同士の対立を避けるために、葛藤の本質を自覚することなく悪しき慣習を無意識のまま引きずったりということが起こり得るのです。
自覚的領域と無意識の領域にあるもの
事業承継時に受け継がれるものには物理的な側面だけでなく、精神的な側面があるように思います。
また、後者において、既に自覚レベルにあり、言語化できるもの、例えば大切に実行することで組織の成果につながる社是、社訓のようなもの。それは良きものとして組織に受け継がれますが、問題は自覚レベルにないものです。(※無意識の内に受け継ぎ、自覚することなく、何かの折に自覚なく表に出てくるようなもの)
無意識に歴代の先達より受け継いだギフト(良きもの)は、自覚することでその力を活性化することができますが、無意識に受け継ぎ無自覚のままの『負の遺産』は知らず知らずのうちに観念として、現実の世界で創り出したい未来をつくる行動を妨げる場合があります。
研修時に明らかになった負の遺産
例えば、とある上場企業で管理職研修を行った時のこと、『新しいことにトライすることは憚られる』という共通認識がその場に立ち上がりました。
新しいアイディアや企画を思いついても口に出すことはできないというのです。
更に『言い出しっぺは潰されます』という言葉が続き、参加者全員が頷きました。
そして、それが何故なのか、初めて全員が考え始めました。
沈黙の後、その考えは既にこの会社に存在しない人の影響であることを全員が確認したのです。
まさに古い時代の負の遺産に無意識に縛られていたことに気づき、心の痛みが癒された瞬間でした。
それからのメンバーの行動の変化は目覚ましいものがあり、創業以来初めての赤字の可能性という危機を跳ね除け、一気に黒字に持っていくということを、ひと月足らずでやってのけました。
『御用聞きに徹していれば会社はつぶれない。攻めるのではなく守れ』
から
『顧客のために最善の提案を!』
との思考が是とされ、行動が大きくシフトしたのでした。
更に過去の出来事について調べてみると、いくつかの出来事が明らかになりました。
過去に新しい考えを提案したが、既に存在しない役員により理不尽な対応が為されたこと。それを先代の経営者が止めなかったこと。
そのことが組織全体の痛みとして癒えることなく深いところに根付いていたのです。
そしてその出来事は、自分自身だけでなく部下を守るために、『出る杭になってはいけない』という観念として、言葉ではなく、様々な場面におけるそれぞれの行動選択のシーンを通じ、シグナルを受け取るかのように静かに受け継がれて行ったのです。
なぜ上司が自分の考えを会議で述べないのか、役員の意見に対し反対意見が出ないのか、いつの間にかそういった現実に疑問を持たなくなっていたら、組織としては危険な領域に入っています。
今流行りの『心理的安全性』が低い状態とも言えるでしょう。
ですが、組織全体がそのことに気づくことはそう簡単なことではありません。
ですから、事業承継の機会には物理的側面においてのみならず、見えないもの、(精神的・心理的側面)についても深い対話の機会を持っていただくことを切に願います。
言語化することで自覚を促す
特に以下の2つについて言葉にできるかどうかを試していただくと良いと思います。
- 事業の意義や組織の魅力の言語化
- 負の遺産に気づき言語化する。(その後、組織全体で自覚レベルにする機会を持つこと)
※これらについて経営者のみならず、どれだけの社員が明確に言語化できるかを知ることが重要です。なぜならば、
1.について十分でない企業は、採用活動の際に困難な側面が生じます。
良い企業であっても、社員のモチベーションが下がっていたり、自社の魅力に自覚的でないために離職につながるケースも出ます。
社員同士がどれだけの頻度で自社についての魅力を言葉にしているか、共有する機会があるかを知り、仕組みをつくり改善していくこともその後の組織運営にとって大切なことです。
2.については、薄々感じているけれど、声に出せない、言葉にすることがはばかられるということを敢えて共有する機会を持つことです。
そのことによって、観念や思い込みと現実をきちんと分けて捉えた上でより良い行動を選択することができます。
いかがでしょうか?
ここまで、私が体験した最近の事例を元に、目に見えないものについてお伝えしてみました。
多くの企業がそれぞれの力を存分に発揮し、世の中をより良く変えていくことを微力ながら今後も応援していきたいと思います。
そのために引き続き皆様との学びを深めていきたいと存じます。
Author Profile
『人が集まる組織をつくる』コンサルタント
人事・採用強化、人材・組織開発領域におけるコンサルティングサービスを提供