スチュワードシップとエンゲージメントについて思う

まず私の話からさせていただく。

私は30年のサラリーマンの生活を経て4年前に念願の独立開業を実現した。日本人が長期的に安全な資産保有ができるようにとの思いからドルの現物資産である米国不動産投資の橋渡しをしている。日本人の資産の国際化と長期安全性確保がミッションだ。

創業というと綺麗な言葉だが、いまだに零細企業を脱していない。勝算もあったはずだった。予定通りゆかず毎日奮闘している。

私は企業の使命は社会に貢献することと認識している。そしてその貢献の第一歩は自身以外の雇用を生み出すことだと考えている。しかし、事業を営んではいても人を雇用できない私は相変わらずの個人の事業だ。私にしてみれば未だ社会貢献のスタートラインに立てていないことになる。

事業の問題に「人が先か利益が先か?」という命題がある。安定収入がないと人一人採用するのは難しい。だが、人や物に先行投資しない限り安定収入があげられるようにはならない。一人の企業はすべてが自分のものだ。会社の口座残高は、自分の個人の口座残高と実質何ら変わりがない。時々考える。事業が個人(私)の世界から社会のもの(公)に変わるのはどんなきっかけなのだろうか?

ファミリービジネス協議会の講座でStewardship(スチュワードシップ)という考え方を学んだ。先人から預かった資産を責任をもって管理し運用し次につなげること。多くの代々続くファミリービジネスにはこれがある。スチュワードシップには圧倒的な謙虚さや崇高な目標、さらに大きな目標にチャレンジする気概が要ることがすぐに解る。

ひるがえるに、私自身には自分の事業に対してこのスチュワードシップが未だ備わっていないのではないか。

また、この講座の中で学んだ家訓や社訓は、個人(私)の会社(資産)というステージから次に伝えてゆける社会(公)の会社というステージに格上げしてくれる手段なのかも知れない。こう考えると、家訓や社訓の存在が、事業承継はもとより創業にもどんなに大切なのかが腑に落ちる。

小さなスタートアップの話から始まったが、以前私は創業170年の歴史を持つアメリカン・エキスプレスというグローバル企業に4年前まで16年間働いた。同社には当時ケン・シュノールトという名経営者がいて、幸運にもなんどもお話しする機会を得た。ケン・シュノールトCEO(当時)は他のすべての上場企業と同様にNY証券市場から毎年二桁増の利益を継続的にあげることを要求されてきた。困難に直面している時しばしば会議で「大株主であるウォーレン・バフェットならどう考えるだろうか?」と問いかけていたことを思い出す。

彼は二桁増利益のコミットメントを長年果たしてきたが、あるとき「これを永続的に達成してゆくことは、自分一人やあるいはどんなに優れた経営陣を集めても続けることはできないほどの挑戦」と気づいたという。そして行きついたのは社員全員で取り組まなければだめだということだった。そして「社員が全員リーダー」運動を広めていった。

リーダーシップ・コンピテンシーというリーダーの条件を定義し、それを全社員はもとより社外へも浸透させる運動を始め、会社の様々な人事制度と文化改革を不断で続け、そうして同社の特長であるチームワーク・カルチャーがさらに強く醸成されていった。

私がこの会社で学んだ最大のことは「エンゲージメント」ということの持つ意味がわかったこととその影響力である。私はエンゲージメントを「人を“その気”にさせること」と自分流に翻訳している。私が後で解ったのは、“その気”になっている人の特徴は会社に明確な役割がある人だ。会社に“あなたにしかできない居場所”がある人間は実に強い。そして、居場所のある社員ひとりひとりが本気になってひとつのゴールに向かって動く時彼らは何かをやらかす。想像できないほど大きな流れと力になることを私は身をもって体験した。

ファミリービジネス協議会のコースの中でも、私はファミリービジネスにおけるファミリーの結束には個人個人の居場所があることがつくづく重要であると感じた。

古き良き時代に遡ると、家族全員が団結して家族が仕事の役割を分担して明確に仕事に参画していた時代があった。そこには、家族個々人に明確な居場所があったはずである。その時代は、会社の仕事もそれを支える家庭の様々な役割も明確に仕事であるという仕事感を全員が持っていたと思う。私の尊敬する実業家であり著述家のある方は、家族全員が仕事に参画するということが当然と認識されていた時代には、偉大な哲学があったとおっしゃっている。ヨーロッパ中世のキリスト教思想や中国の儒教、そして日本の「家」制度をその代表としてあげている。

どうやらファミリーにおける居場所、社員への居場所は私にとってはキーワードだ。そして、家訓・社訓に裏打ちされたスチュワードシップとエンゲージメントがこれらを助ける大切な要素と考えた次第である。

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