コーポレートガバナンス改革を参考に「攻めのファミリーガバナンス」を考える

コーポレートガバナンス改革は、「形式的」対応から「機能的」対応へ進化

日本は長期のデフレ経済に長く苦しんできたが、2015年これを打破するためにアベノミクスによる景気刺激策が発動され、それに合わせるタイミングで改正会社法が施行、日本取引所からコーポレートガバナンス・コードが発表された。日本経済を支える上場企業に対して先ずは、取締役会に2名以上の独立社外取締役を置くことを強く求め、企業に「攻めのガバナンス」への改革を迫った。その結果、2016年夏には東証一部上場企業1970社中、約80%の企業が2名以上、約25%の企業で3名以上の独立社外取締役を置く状況となっている。(注①)

このようにコーポレートガバナンスが浸透しつつあることは喜ばしいが、ガバナンスが本来の目論見通り機能していれば起こりえないような不祥事は依然として起こっている。その一例が東芝不正会計事件である。

ジャーナリストの磯山友幸氏は2017年3月1日Foresight誌で以下のように述べている。「日本に指名委員会等設置会社の制度が導入されると、東芝は真っ先にこれに移行した。–(略)–これで「監視」と「執行」が分離され、カバナンスの機能が高まるはずだったが、実際には社外取締役らの監視は機能せず、会計不正へと至った。」(注②)また、同氏は2017年2月27日号AERA 記事で更に以下のように述べた。「東芝がWHによるS&Wの買収方針を発表したのは15年10月28日。その直前に取締役会で承認されたようだ。当時の東芝は不正会計問題に揺れ、歴代3社長らが引責辞任。9月末の臨時株主総会で新経営体制が発足したばかりで、取締役11人中7人を社外取締役にして、『体制一新』を示そうとしていた頃だ。」(注③)

東芝は取締役会で過半数以上を社外取締役が占めたが、その様な形を整えるだけではコーポレートガバナンスが十分に機能しないことがこの事件で露呈したのである。

その機能強化に焦点を当て、積み残した課題は何かを点検し、何を実行すべきかを提言したのが3月10日に公表されたコーポレートガバナンス(CGS)研究会報告書(注④)である。

CGS研究会報告の提言から、ファミリー企業が学ぶべきもの

筆者は、この課題の確認と提言は、コーポレートガバナンス・コードが対象とする上場企業のみならず、非上場企業にも実務的にも運営面でも大いに参考になると思っている。この提言を活かして、実践的な経営改革が各企業で行われることを大いに期待されるのであるが、もう一つ、強く指摘したいことがある。それは、株主とCEOが一人の人物に集中しているケースの多いファミリー企業に対しても、大きな示唆があるのではないかということである。

株主と経営者が実質的に一体となっているファミリー企業において、本来株主とCEO・取締役の間に存在するお互いのチェック機能は十分とは言えない。次期CEOの選任やCEOの報酬に関する事項などに透明性が発揮されることは少ない。7&Iグループ、大塚家具、クックパッド、出光などが昨今マスコミからお家騒動と注目を浴びたのは記憶に新しい。かかる事案を引き起こさないために、ファミリー企業は日頃から事業承継プランを含む独自のファミリーガバナンス体制の構築を諮らねばならないはずである。

今回発表された「CGS研究会報告」では、点検すべき課題の中に「CEO・経営陣に求められる資質や後継者育成が明確でない。」と記述がある。CGS研究会報告は全95頁の報告書と1頁に纏められた総括表(注④)があるが、この総括表によると、4つの提言が纏められている。

・形骸化した取締役会の経営機能・監督機能の強化

・社外取締役は数合わせでなく経営経験等の特性重視で選任

・役員人事プロセスの客観性向上とシステム化

・CEOリーダーシップ強化のための環境整備

これを、筆者なりに典型的な強いCEOが率いているファミリー企業の株主・CEO・取締役に当てはめると以下の表現になろう

大株主でもある強力なCEOの下での取締役会の経営機能・監督機能の強化

・社外取締役は数合わせでなく経営経験等の特性と多様な価値観の重視で選任

事業承継プロセスの客観性・透明性向上とシステム化

時に強すぎるCEOリーダーシップ牽制のための経営環境整備

ファミリー企業が取り組むべき課題と対処について

ファミリー企業においては、強力なCEOの長期支配が常態化するので、CEO退任による世代交代の時期にあたって大きな節目(危機)を迎えることが多いと言われる。今回CGS研究会報告に盛り込まれた「CEO・経営陣にどのような資質が求められるのか、そのための後継者の育成をどうするか」という課題を大手企業や上場企業だけへの提言と捉えず、ファミリー企業と大株主であるオーナー家も、自らの課題として点検してはどうだろうか。

7世紀中国の唐時代の名君・太宗の言行録である「貞観政要」(注⑤)にも、「草創(創業)と守成(継続承継)いずれか難き」という言葉がある。太宗は守成の方が難しいと述べ、彼の統治の間、従臣の諫言・提言に常に耳を傾け自らを戒め政務に臨んだ。しかし、それほどの太宗も自分の子供たちへの承継には失敗した。健全な承継に千年以上も昔から人類は悩んできたのである。

ファミリー企業の健全な持続的成長への様々な課題の中で、もっとも解決すべきは、適切な事業承継が遂行できるかどうかにかかっていることは間違いない。そのプロセスでは、対立も喧嘩も起こりうるであろう。損得だけではない感情の問題も取り扱わなくてはならないこともある。ファミリーの当事者同士をファミリー外の関係者を含め纏めていくのは本当に根気のいる仕事である。時には、調整役として、多くのケースを経験し人の話を理解できる根気強いFBAAのような協会で研鑽を重ねている専門家・ファミリービジネスアドバイザーによるFacilitation機能も有用である。

そのために良く言われることがある。「事業承継はイベントではない。プロセスにすること。」つまり、事業承継を有事にしてはならない。平時からの対応が大事だということだ。特にまだ確たる事業承継プランの構築が整っていないファミリー企業は、今回CGS研究会から報告書(提言)が出てきたことを奇禍としなければならない。

今後このCGS研究会報告書を参考にして、上場企業からこの課題に当たってどのように対処したかが、コーポレートガバナンス報告書等で事例が開示されることが期待される。この事例やFBAAの専門家アドバイザーの意見なども参考にしながら、いつか来る将来の何世代にも亘って行われる世代交代に向かって、長寿企業を目指していくための「攻めのファミリーガバナンス」を構築する企業には、大きな好機が来たと思料する。

参考文献など

・日本取締役会「上場企業のコーポレートガバナンス調査」(2016年8月1日)

・Foresight誌(新潮社)2017年3月1日「東芝・大物『社外取締役』は何をしていた?『辻褄合わせ』体質の無残な末路」(執筆者:磯山友幸):http://www.fsight.jp/articles/-/42052

・AERA誌(朝日新聞出版)2017年2月27日号「東芝『社外取締役』大物ぞろいも罠見抜けず。…行く手に待つのは“原発アリ地獄”…」(執筆者:磯山友幸)

磯山氏ブログ:http://d.hatena.ne.jp/isoyant/20170227

・経済産業省CGS研究会報告書:2017年3月10日公表

HP: http://www.meti.go.jp/…/2016/03/20170310003/20170310003.html

全体:http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20170310001_1.pdf

概要:http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20170310001_2.pdf

・山本七平「帝王学・貞観政要の読みかた」(日経ビジネス人文庫)、出口治朗「座右の書・貞観政要」(KADOKAWA)、守屋洋訳「貞観政要」(ちくま学芸文庫)など。

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