ファミリービジネスの社外取締役/社外監査役

1)コーポレートガバナンスの実態と動向

ファミリービジネスにおいては、ファミリーメンバーの株主=経営者という形態が典型的で、特に、閉鎖的な非上場会社に於いてこの傾向がより顕著である。この形態は上場会社との比較で、ファミリービジネスの機動性、長期的経営戦略、高い総資産利益率(ROA)などのメリットを担保しているが、その一方で弊害は主につぎの五つのような形で現れている。

①ファミリー経営陣による会社の公私混同による私物化、②取締役会、監査役会の機能不全、③長老の長期政権による事業承継の遅れ、④規律なきファミリーの関与、⑤伝統的事業への固執、が挙げられる。

これらの弊害が原因で倒産したファミリービジネスは、過去に枚挙の糸目がない。この独善的弊害を阻止しファミリービジネスの成長と永続性の為には、規律あるファミリーガバナンスだけではなく、外部からの信頼できる目と手が不可欠である。その機能を果たすことができるのが、取締役会の構成員である「社外取締役」であり「社外監査役」である。会社の最高意思決定機関である取締役会がコーポレートガバナンス※の中核を担うことは言うまでもない。

※コーポレートガバンンス:企業が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明、公正、迅速かつ果断な意思決定を行うための仕組み

また、取締役会の主な責務は、国際的につぎのように考えられている。「コーポレートガバナンスの構築」「事業戦略策定」「全社リスク管理」「後継者育成と指名」「組織再編」である。

今年、平成27年5月施行の「改正会社法」では、コーポレートガバナンスに関する重要な改正がつぎの通り盛り込まれている。

●上場会社のうち、社外取締役を一人も選任していない会社には、株主総会で「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明を義務付け。

●直近5事業年度のいずれかの末日における株主数が1,000名を超える会社は、上場会社と同様、この規定の対象に。

現在、政府は昨年平成26年6月に成長戦略として「日本再興戦略 改訂2014」を閣議決定し、上場会社のコーポレートガバナンス強化による企業価値向上と国際競争力強化を目指している。

JPX(東京証券取引所)は、コーポレートガバナンス・コードを、今年6月1日から適用する。コーポレートガバナンス・コードの中では、社外取締役、監査役の機能およびその導入にも強く言及している。

また、有価証券上場規則案(改正)では、改正会社法で求める「社外取締役1名以上の選任」に、更に一歩踏み込んで上場会社(東証1部、2部)に「社外取締役2名以上の選任」を求めることとしている。

以上のような昨今のコーポレートガバナンス強化の流れを受けて上場会社の社外取締役の選任比率(1人以上の社外取締役がいる)は、つぎのように加速している。

図表−1 東証上場会社の社外取締役選任比率

2013年 2014年 2015年6月
東証全体 55% 64% NA
東証1部 54% 74% 92%
東証2部 47% 55% NA
マザース 64% 67% 76%

出所:コーポレート・ガバナンス白書をもとに、筆者作成

以上のほとんどが上場会社の大企業に於ける動向であるが、本来はこの視点こそ、そのほとんどが非上場のファミリービジネスに於ける成長性と永続性において極めて重要なキーワードと考える。

このキーワードの欠如が主因となって2011年2月に突然倒産した非上場ファミリービジネスの老舗名門企業「林原」のケースをここで検証してみたい。

2)林原の事例

林原家は、1632年(寛永9年)から岡山で米を扱う藩の御用商人として活躍し、1883年(明治16年)に初代林原克太郎氏が林原商店を創業し、水飴製造を始めたのが林原の原点。

三代目の林原一郎氏が太平洋戦争後に林原を大きく飛躍させ林原グループの基礎を創り上げたが、52歳で急死し、同年1962年に林原一郎氏の長男の林原健氏に四代目経営者としてのバトンが渡された。この時、健氏はまだ慶応大学の19歳であった。

図表−2 林原の成長史

1959年 酵素糖化法によるブドウ糖製造に成功/製品化
1968年 マルトースの新製造法とマルチトールの開発に成功
1970年 林原生物化学研究所を設立し、研究開発型の企業となる
1975年 プルランの開発に成功
1979年 インターフェロン量産技術を確立
1986年 マルトースの量産化に成功
1988年 厚生省からインターフェロンの承認を受け発売開始
1991年 林原美術館設立などで第一回メセナ大賞を受賞
1995年 夢の甘味料・天然糖質トレハロース開発に成功
2000年 穀物商社カーギル社(米)とトレハロースの海外販売の基本合意
2003年 代表取締役:林原健氏が日経新聞「私の履歴書」を連載

出所:林原健(2014)、林原靖(2013)を参考に筆者作成

倒産までは、食品素材・生化学分野で世界的な研究開発型企業の地位にあり、輝かしい歴史と高い技術をもっていた有力バイオ企業であった。

しかし、突然2011年2月2日林原グループの中核三社(株式会社林原、株式会社林原生物化学研究所、株式会社林原商事)が会社更生法の適用申請し、林原家ファミリーは経営の一切から退き、倒産した。翌2012年3月に化学専門商社の長瀬産業が林原を完全小会社とし、更正手続きは終結した。現在も、長瀬産業の傘下で(株)林原で存続している。

今回の倒産まで、林原健氏は50年間の社長在任中に、上記のように画期的な新製品を次々と世に出し、国際的な研究開発型企業として高い評価を受けていたが、その間莫大な研究開発費と不動産投資資金を賄うために、数多くの金融機関から巨額の借入れを続けていた。金融機関からの資金調達のために、倒産の20年前から架空売上計上などの不正経理と粉飾決算を重ねていたのである。

図表−3 倒産時の林原とグループ中核会社の経営状況

資本金 1億円
株主 林原健氏、林原家ファミリーメンバー、ファミリー資産管理会社
取締役 7名(内トップ3の社長、専務、常務はファミリーメンバー、残りは社内)
監査役 3名(全てファミリーメンバー)
グループ売上高  約800億円
グループ法人数 12法人
グループ従業員 1000人超
グループ借入金 約1300億円(金融機関28行が積極融資)
内、中国銀行(メイン):約450億円、住友信託銀行(サブ):約300億円
その他 林原は、中国銀行の10%株式を保有する大株主

出所:林原健(2014)、林原靖(2013)を参考に筆者作成

倒産の主因を探ると、つぎの7点考えられる。

●会社法上、林原は大会社(資本金5億円以上or負債200億円以上)と規定されているにも拘らず、その義務である会計監査人(監査法人など)による「会計監査」を実施しない違法状態が続いた。

●株主総会および取締役会は、書面の議事録作成だけで、実質的な開催は一切なかった。

●取締役と監査役は、ファミリーメンバーと社員昇格者だけで社外役員はゼロ

●社長の林原健氏は、研究開発とその設備投資だけ注力し、経営全般には無関心であった。

●専務の林原靖氏(2で健氏の実弟)が,研究開発以外の経営全般を社長から委託されて運営していた。

●メインとサブの金融機関は土地担保主義により、経営実態を精査せず、安易な融資継続を行っていた。

●ファミリー資産管理会社(2社)に対して、林原などのグループ会社から不明瞭な資金流出があった。

また、林原家ファミリー内における破綻要因にも注目してみると、以下4点が浮かび上がってくる。

①代々続いた長男絶対制が生んだ長男社長の神格化、②先代の三代目社長の急死と四代目社長への若年就任(その時19歳大学生)、③トップ2(長男・健社長、弟・靖専務)の兄弟間の私的没交渉、④林原家ファミリー間のコミュニケーション不足(弔事以外で林原家ファミリーメンバーが集まる機会はゼロ)。

以上から倒産を招いた3大要因を挙げるとすると、

一つ目は、コーポレートガバナンスの欠如が挙げられる。結果として、外部からのチェック機能が全く働かなかった経営体制という点が挙げられる。

二つ目は、メインバンクとサブバンクによる旧泰然とした土地担保主義の融資姿勢であり、融資先の事業実態を十分に把握して無かった為に、林原兄弟による長年の粉飾決算を見逃していた事実があったこと。

三つ目は、経営トップの兄弟間のコミュニケーション不足と心的な確執だろう。兄の健社長は研究開発だけに没頭し、その他の財務、営業など経営のすべては弟の靖専務に任せて、全く顧みなかった。絶対神の健社長に言われるままに靖専務は研究開発のための多額の投資資金を調達し続けた結果が、今回の倒産を招いたといえる

倒産前の最終局面では、当初極秘裏に私的整理の事業再生ADR(金融債権だけ、裁判外紛争解決)での再建を目指していたものの、金融機関間の調整不調(メインとサブの追加担保設定などの抜駆けなどが起因)やマスコミの素っ破抜き報道などでADRでの再建を断念し,法的整理の会社更生法申請を選択した。その当時、銀行行政の監督庁である金融庁による銀行に対する金融検査にも林原倒産の遠因があったのではないと推察される。

最終的には、林原家の私財も投じて全ての企業債務の90%以上を返済できたことは、企業倒産史上においても前例のない異例の高水準な弁済率であった。それだけに、地元の岡山県のステークホルダー、地域社会、林原家にとっては、誠に残念な倒産であった。倒産後の資産処分、スポンサー企業選定などにおいては、いろいろと取沙汰されたが今回ここでは触れないこととする。

3)社外取締役/社外監査役の機能と必要性

閉鎖的で自己中心的な実態が散見されるファミリービジネスにこそ、社外の常識(法令遵守など)が必要で、これを生かして活用することで経営が磨かれ会社が成長する。

特に、日本の会社では、コーポレートガバナンスの中核である取締役と監査役には、ファミリーメンバーまたは従業員出身者が就任することがほとんどであり、取締役・監査役同士が緊密な人間関係で構成され、仲間意識が強いため本来のチェック機能が働かない。これを克服するためには、外部から独立性の高い信頼できる企業経営者・有識者(弁護士、ビジネススクール教授など)を「社外取締役」や「社外監査役」として経営陣に招聘し、取締役・取締役会の業務執行の監視監督を図るべきである。(図表-4)

特に、ファミリービジネスでは、オーナーの独善的かつ自己中心的な経営になりがちな性格上、広く社会に視野を向け、外部の意見に耳を傾けられる機能である「社外取締役/社外監査役」の導入がファミリービジネス経営の最重要課題であると考える。

(図表-4)

組織図

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