同族経営から同志経営へ ~企業の永続性に向けたアプローチ 〜

・講師:浜田吉司氏 株式会社マスヤグループ本社・代表取締役

(詳細プロフィールは、末尾に掲載)

・日時:2013年11月8日(金)15:00~16:30

・場所:ハリウッド化粧品セミナールーム(六本木ヒルズ)

 

以下は、2013年度FBAA年次総会記念セミナーとして、当日ご講演いただいた内容を要約したものです。

ご紹介頂きました浜田です。ファミリービジネスに関しては色々と思うところがありますが、今日は自分の会社のことも含めてお話をします。こういうファミリービジネスの在り方もあるなと、こういう解決の方法もあるなということを、お聞き頂ければと思います。

まず、ファミリービジネスの領域はロー・パラダイムかハイ・パラダイムかという話です。何か強い法則があってその法則を当てはめれば必ずこういう結果が出るというのはハイ・パラダイムで、数学とか物理学はそういう世界です。

しかし、経済学とか経営学はそもそもロー・パラダイムなところがある世界だと思っています。ファミリービジネスの経営学というのは各論の集積のようなところがあって、様々な事例を共有することでファミリービジネスに関する理解が深まっていけばよいのではと思っております。

自己紹介ですが、伊勢の赤福という300年続く老舗の創業家で、私はその傍系のマスヤグループの経営に携わっており、三重県で米菓製造、酒造、介護事業などを経営しております。マスヤグループは茨城県と中国天津市にも工場がございますので、国内4社、国外2社ということになります。

従業員が国内で大体300名余り、中国も入れますと400人ぐらい、年商は全部で約70億円というような規模感です。私は1963年、昭和38年に赤福の十代目当主の次男として産まれ、小・中学校と地元で、高校から慶応に入り慶応大学へ行きました。

その後大手証券会社へ入社して2年間程仕事を致しました。その時に父が病気を患いましたので、地元へ戻りマスヤグループの各社の役員に就任後、30歳の時にマスヤの社長に就任致しました。その後中国の合弁事業とか介護事業などを30代の間に起業しました。

2001年からアメリカのビジネススクールに都合1年間留学しましたが、その後2007年に本家の赤福の方で大きな不祥事が起きて、それをきっかけに私は今日お話する「理念に基づく経営」ということに取り組むようになりました。

お陰様で2010年度から3年連続でマスヤグループから経営品質賞(日本生産性本部の経営品質協議会主催)の受賞企業を出しました。

 

“永続する組織というのは生態系のようなものである”という言葉があります。これはジョン・ガードナーの言葉ですが、私は非常に共感しています。その永続ということに関して、少し説明したいと思います。

先月(※2013年10月)、私どもの地元の伊勢神宮で20年に1度の式年遷宮が行われました。持統天皇の時に始まり、約1400年続いている大変重要な行事です。

今回の式年遷宮に先立ちまして、伊勢で大宮司の鷹司様にお話を伺うことができました。式年遷宮が永続していることについて色々お話を聞かせて戴きましたが、大宮司が仰ったことは、遷宮というのは御正殿の建物であるとか御神宝とか、そういう物を再生する儀式の伝承というように考えられがちだけれども、実はそれを行う“心”を伝承することが大事だということでした。

“心”とは何かといいますと、最善を尽くすことであると。御神宝の中には時代の流れと共に技術の伝承が上手くいかなくなって再現できなくなるものも、残念ながらあると。また材料資材の中には、特殊なもので入手ができなくなってしまうものもあると。

その時にどういうふうに対応するかというと、その時々でできる最善のことをするということ。そういうお話を聞かせていただきました。つまり、20年に1回、テストを受ける。そのテストには満点がなくて、ここまでやれば合格だと誰かから認めてもらえるわけでもなくて、ただ自分たちが最善を尽くさなきゃいけないという、そういうテストなんですね。これはしんどいと思います。

きちんと再現できない場合には、最善を尽くさねばならない。自らの“心”に最善かどうかを問い続けねばならない。それを繰り返すというのは非常に営みとしては重たいものであると感じました。何か同じことが繰り返されているようだけれども、実は“同じであって同じでない”というのが式年遷宮であると学びました。100年や200年じゃなくて、1000年2000年続く伝統というのは、そういう柔軟性であり、硬直的ではないものなのだ、ということを教えてもらいました。

 

石の文明と木の文明という対比があります。西洋の石の文明というのは頑丈なものを作れば永久に残るという発想で、とにかく頑丈なものを作ります。実際あちこちに残っておりますけれども(※スライド5ページ、パルテノン神殿の写真を見て)、廃墟にしか見えないわけですよね。

日本の木の文明というのは、木は朽ちていくことがわかっていますので、朽ちきってしまう前に建て直す、それを定期的に造り直すという仕組みを作った。先程言ったように“心”の伝承を行うことによって、かえって永久にそれが残る。こういう大きな違いがあるのではないかというふうに思います。

 

これを、企業の経営に置き換えて考えてみると、石の文明的な考え方として、「商品力による永続性仮説」というのが考えられます。ずっと売れ続ける製品やサービスがあれば企業も永久に残るんじゃないかということです。

実際そういう会社も探せばあるのかもしれませんが、ちょっと待って下さいと。もし本当にそういう製品やサービスがあったら、組織にはどんな変化がその後に起こるだろうかと考えると、社内の人の気持ちは安定から安泰、そして安逸へと意識が変化していくような気が致します。

人は誰しも安定というものを求めていると思います。安定を求める心というのは切実ですが、一度安定を手にすると必ず人は次は安泰を感じたくなるものです。

今度安泰を感じると次は安逸に走ってしまうと、そういうことが組織の中に起こっていきます。安逸を貪るようになればやはり人も組織も必ず衰退していくと思いますし、結果的に安定をも失ってしまうということがあるので、結局ずっと売れ続ける製品やサービスがもし仮に手に入ったとしても、私はそれで企業や組織が永続していくということはなかなかあり得ないのではないかというふうに考えています。

 

一方、木の文明の考え方として、私はマスヤグループでその仮説を経営の実務者として立証したいという思いで仕事をしているのですが、「同志経営による永続性仮説」ということがあります。

同志経営のざっとした定義は、「企業が経営理念の下での同志的集団、すなわち組織内で自律性と信頼性のバランスが高度に取れている状態」です。同志経営の下では個人と組織が相互に作用しつつ、その力を最大限発揮するような“場”が形成されて、そのことが持続的成長ひいては永続に寄与する、というふうに考えました。

理念、社是あるいは家訓というものがある同族会社は非常に多いと思うのですが、それらを制定はしているけれどもきちんと浸透させて実践していない会社が、実は結構多いと思います。制定するだけではなく、トップがまずそこにしっかりコミットメントすることで、会社は理念経営、つまり理念に基づく経営の段階に移ります。

理念経営においては、組織レベルでは、理念の浸透という現象が進みます。構成員レベルでは、理念と“内面の自己”の統合、つまり理念に非常に深い共感をして従業員が腹に落とす、この理念を自分も実践していきたいという思いが広がっていきます。

それが進んでいくと、従業員の自律性が高まり、さらに組織内の相互の信頼感が深まっていって、同志経営の状態になる。そこでは自律性とお互いの信頼性というのが高度にバランスが取れていて、それが企業の永続性に寄与すると。これが「同志経営による永続性仮説」です。今私はこれをマスヤグループで実践しております。

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