事業承継のときこそ、社史作成の絶好のタイミング

私はグロービス経営大学院で講師を務める傍ら、自分史や社史を作るサービスを行っております。

お客様の多くは、ファミリー企業です。今回は私がお客様との議論を通じて得られた、ファミリービジネスを経営していく上での社史作成の意義について、お話したいと思います。

なぜ、事業承継のときが「社史作成の絶好のタイミング」なのか?

実は、社史作成については、40歳前の若い後継社長からの依頼が多いのです。

なぜでしょうか?

依頼の背景をお伺いすると、以下のようなお話をいただきます。

・先代、先々代が何をやっていたのか、良く分かっていない

・自分が経営を引き継ぐにあたり、何を残し、何を変えるべきかが分からない

・会社の歴史を知らないので、古株の社員に対する処し方が分からない

若くして社長になるということは、大きなプレッシャーもありますし、古参社員の方が経験も豊富ということで、なかなか思い切った意思決定ができません。

かといって、古参社員に気を遣いすぎていると、時代が大きく変化する中で、新しい方向性を打ち出すこともできず、事業が先細ってしまいます。

また、世代の変わり目というのは、社員は「お手並み拝見モード」にもなりやすく、社長の求心力が出づらいものです。

では、後継社長が思い切った意思決定ができるようになったり、求心力を高めるためには、どうすれば良いのでしょうか?

経営に関する知識・知恵を身につけることも解決策のひとつですが、大事なことは会社の「価値観」を自分の中に取り込み、判断の軸を持ち、社員と認識を一致させることです。

そのための絶好の『教材』が社史なんです。

良い社史とは、何がポイントか?

「価値観を自分の中に取り込むための教材が社史だ」と申しましたが、会社の「価値観」は、「経営理念」として表現されていることが多いです。

しかしながら、その経営理念の意味するところは何か?

実際の現場ではどのように体現されているのか?

ということが、経営理念だけを見ていても、肌感覚では分かりません。

若いときから会社に参画し、20年以上の経験をもって会社の歴史や現場の状況に明るい人なら経験値でカバーできますが、実務経験もそれほどないまま若くして後継社長になってしまった場合は、現場のリアリティを感じ取ることができません。

そこで、経営理念のリアリティを補完するものが社史と言えます。

社史から学べるよう、リアリティを持たせるには、具体的には以下3つのポイントが重要です。

(1)  事実と思いをセットで捉える

よくある社史は「○周年記念」というもので、これまで何がなされてきたかの事実を淡々と書かれていることが多いです。

しかし、事実を並べられていても、

「なぜその結果になったのか?」

「当事者はどのような思いで立ち向かったのか?」

「どうやって困難を乗り越えたのか?」

といった思いの部分が分からなければ、読み手が主人公になり切って読むことができず、話のリアリティが出ません。

従い、事実だけではなく、その結果に至るまでの思いも描写する必要があります。

(2)  外部環境と内部環境の両面から、事実をあぶりだす

時代が違えば、事業を行う上での外部環境も大きく違います。

また、組織の成長段階に応じて内部の苦労のあり方も異なります。

社史のエピソードに納得感を持たせるためには、その時代の外部環境と内部環境の両面から、多面的に事実をあぶりだす必要があります。

(3)  具体エピソードをテーマにそって「意味づけ」する

エピソードには、必ず人が絡んでおり、その人たちの思いや行動が結晶化されたものが含まれています。

一見特徴がないエピソードに見えたとしても、実は経営理念を体現していることも多かったりします。

従い、「出てきたエピソードをどの側面から切り取って意味づけをしてあげられるか?」が、学びにつながる社史を作成するときに気をつけるべきポイントです。

どうやったら、良い社史を作れるか?

上記ポイントを実現させられれば、後継社長や社員にとって学びの大きい社史になります。

具体的なやり方としては、以下3つのポイントを押さえておくとよいです。

(1)  同じ時代の違う立場のエピソードを集める

社長、役員、管理職、一般社員といった、違う立場の人達から、複数のエピソードを集めておくと、時代時代でどのような思いを持って取り組んでいたのかが立体的に見えてきます。

その結果、経営理念をどうやって体現していたのかの理解も深まります。

(2)  多面的な分析ができるよう、インタビューで話を引き出す

一人でエピソードを書き出すと、情報が偏っていたり、曖昧になったりするため、インタビューで上手く話を引き出すことが重要です。

その際のポイントは、

「具体化」

「主観/客観の区別」

「話の内容の関係性の整理」

といったことが挙げられます。

インタビューを行う際には、以下のような質問を投げかけてあげると、具体化や整理ができたりします。

・「具体的に言うと?」「たとえば、どんなことですか?」(具体化)

・「事実に基づいて、正確に言うと?」(主観/客観の区別)

・「この話に名前をつけると?」「○と△は別の話ですか?」

(話の内容の関係性の整理)

(3)  エピソードを解釈する(意味づける)

最後にエピソードのメインメッセージは、どのようなテーマにつながるのか?を解釈・意味づけします。

この意味づけは、過去のことを後講釈で評価しているようなネガティブな印象を受けないよう、ニュートラルな姿勢を保つよう、注意が必要です。

社史作成は、アウトプットからの学びも大きいですが、作成過程での対話から得られる学びも大きいです。

ぜひ、企業を永続させるためにも、一度立ち止まって「社史という教科書」を作ってみてはいかがでしょうか?

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