ファミリービジネスにおける「女性の役割」

1.女性社長の半数以上が、ファミリー事業承継により就任

(1)ビジネスにおける「女性の役割」

安倍内閣の成長戦略(日本再興戦略)では、「女性が輝く日本」と題して、「女性登用の拡大」「女性の就労支援」を目標に掲げる。とくに「指導的地位に占める女性の割合を、2020年に30%」を目指し、さまざまな取り組みを行ってきた。これを受け、たとえばイオン(株)では、グループとして国内外の女性管理職比率を2016年までに30%、2020年までに50%目標としている。[1]

[1] 内閣府男女共同参画局 女性の活躍「見える化」サイト   http://www.gender.go.jp/policy/mieruka/company/mierukasite.html (2015年8月3日)

ファミリービジネスにおける「女性の役割」は、これまで多くの場合、「伝統的に補佐役が主で、家事ならびに次世代の育児を担当してきた。あるいはファミリービジネスの場面で、総務・経理などを一種の補佐役として担当する事例が多かった」と後藤(2012)は述べている。政府の成長戦略のみならず、ファミリービジネスにおいても、今後はその潜在可能性を引き出し、永続性を担保するうえで、より多方面から「女性の役割」に注目する必要が予測される。

本章では、こうした問題意識から、ファミリービジネスにおける「女性の役割」について、いくつかの観点から論じてみることにする。

(2)女性社長の半数以上が、「同族承継」による就任

2014年、帝国データバンクが、全国の株式会社および有限会社で社長を務める、のべ117万5,056人の分析・調査を行った結果、全社長数に対する女性社長の割合は7.4%。およそ13.5社に1社が女性社長であることがわかった。(図表-1)

図表-1 女性社長の割合

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出所:帝国データバンク「2014全国女性社長分析(2014年8月7日)」

また、社長の就任経緯を見ると、女性社長では、「同族継承」が50.9%と過半数を占め、トップとなっている。(図表-2)

図表-2 社長就任経緯

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出所:帝国データバンク「2014全国女性社長分析(2014年8月7日)」

2015年、米フォーブス誌が発表した「世界の富豪ランキング」からも、同様の傾向が読み取れる。これによると、10億円以上の資産を保有する1876人のうち、女性は197名。大半が、夫または父からの相続財産で、独自に創業し富を築いたのは、わずか29名であるという。[2]

[2] Kerry A. Dolan (Forbes Staff)(2015) The Richest Woman In The World 2015(2015年2月3日)http://www.forbes.com/sites/kerryadolan/2015/03/02/the-richest-women-in-the-world-2015/  2015年8月3日

つまり、ファミリービジネスの後継者として、先代社長が亡くなったあと、未亡人である妻が引き継ぐケース、あるいは、息子ではなく娘が引き継ぐケース、が少なからずある。

実は、世界最古、我が国を代表する長寿企業として、長く存続してきた金剛組も、例外ではなかった。不運にも現在は後継者がとだえてしまったが、西暦578年創業以来、1400年以上も生き残ることができた背景に、「女性の役割」「女性の影響力」が欠かせなかったのである。

2.ファミリービジネスの長寿要因に欠かせない「女性の役割」

(1)長寿企業の成功の秘訣「女性の影響力」

200年以上続く世界の長寿企業20社を分析したO’hara(2004)は、共通する成功の秘訣として、11の条件を示している。[3]これら11条件には、「家族の団結」「ビジネス第一」「生活必需商品」「長子相続」などとともに「女性の影響力」が挙げられる。また同書の第1章では、金剛組の調査が掲載され、第38代当主となった金剛よしゑの貢献を紹介している。

[3]O’hara. W. (2004) Centuries of Success: Lessons from the World’s Most Enduring Family Businesses Adams Media Corp.

1929年昭和恐慌の煽りを受け、金剛組は経営難に陥り、1932年、第37代当主が自ら命を絶つ。当時、幼い三人の娘を抱えた妻よしゑが、やむなく第38代を承継することになった。奇しくもその2年後、記録的な被害を招いた「室戸台風」が襲来。絶対に倒れないと言われていた聖徳太子建立の四天王寺五重塔が倒壊した。これを受け、金剛組初の女性棟梁として、よしゑが指揮を取り、再建を手がけたのである。

(2)女性に特有の能力が果たす役割

四天王寺五重塔の再建は、無事1940年に果された。だが2年後の1942年には、次なる試練が降りかかる。第二次世界大戦中の「企業整備令」によって、金剛組が整理対象にされたのだ。しかしこのときも、よしゑが活躍。役所に足繁く通い、存続のための交渉を行った。その結果、軍用木箱の生産などを条件として、整理を免れたのである。

これらの功績によって「なにわの女棟梁」として注目を集めたよしゑだが、金剛組存続の危機を救った背景には、現場の職人仕事を支え、自らは営業にまわるコミュニケーション力や交渉力、試練や機運に対する柔軟な対応力など、女性ならではの能力が発揮された点も大きいのではないだろうか。

3.女性リーダーの特徴と求められる役割

(1)求められる「女性の役割」

それでは、ファミリービジネスにおける「女性の役割」「女性の影響力」とは、どのようなものなのだろうか。女性の何が、あるいはなぜ女性の役割が、ファミリービジネス存続・発展のために必要なのだろうか。

リーマン・ショックを境に起きた消費行動の転換を論じ、ベストセラーとなった『スペンド・シフト』の著者、J.ガーズマとM.ダントニオは、世界中の成功しているリーダーたちの特徴を詳しく調査している。彼らは、成功している起業家、リーダー、オーガナイザー、クリエイターが示す特徴の多くは、一般に「女性的」とみなされる資質に由来することに着目。GDPの65%を占める世界13カ国を選び、その人口構成を反映する6万4千人を対象に調査を行った。

その結果まずわかったのは、世界中の多くの人々が、自国の男性の振る舞いに不満を抱いている、ということである。その比率は日本と韓国が79%、アメリカ、インドネシア、メキシコでは66%に達する。

注:「自国における男性たちの振る舞いに不満である」(出展『女神的リーダーシップ』、プレジデント社)

さらに、「男性がもっと女性のような発想をしたら、世界は好ましい方向に変わるだろう」と考える人は、世界中の回答者の3分の2近くを占めることがわかった。日本では、女性のみならず成人男性の79%がこれに賛同している。

注:「男性が女性のような発想をしたら、世界はよい方向へ変わるだろう」(出展『女神的リーダーシップ』J.ガーズマ&M.ダントニオ、プレジデント社)

彼らは次に世界3万2000人を対象に、男性的な資質と女性的な資質をわかりやすく定義し、それがどのように受け止められているかを調査した。具体的には、「情熱的」「論理的」「柔軟」「直感的」など125の資質を提示し、それを「男性的」「女性的」「どちらでもない」に分類してもらった。さらに、それらの資質のリストが「リーダーシップ」「成功」「幸せ」といった美徳にとってどれだけ大切か、についても評価してもらった。

これらを比較した結果、今日世界中の人々がリーダーに求めるのは、「柔軟」「直感的」「表現力」「共感力」といった、女性的と見なされる資質が多いことがわかった。同様に、「成功」「幸せ」と強く関係したのも、女性的とされる資質であったという。

(2)女性的資質がビジネス永続性のカギに

ここで取り上げたのは、あくまで「女性的」資質ということである。先述した調査のとおり「男性がもっと女性のような発想をしたら、世界は好ましい方向に変わるだろう」ということで、この資質を担うのは、文字通りの女性でなくとも、男性でももちろんよい。こうした「女性的」資質をファミリービジネスにどう取り入れ、浸透させていくか。多くの場合、ビジネス場面で女性的要素は軽視されがちであるが、とりわけファミリービジネスが永続性の危機に直面したとき、あるいはその予防として、「女性の役割」「女性的資質」がひとつの重要な鍵を握るのではないかと考える。

ちょうど、金剛組第38代当主よしゑが、ここで挙げられた女性的資質、すなわち、交渉を成功させる「表現力(コミュニケーション力)」、ピンチをチャンスに転じ、機運に乗る「柔軟性」「直感力」などを駆使し、存続の危機を乗り切ったように。

4.三円モデルのつながり、およびファミリーを支える「女性の役割」

(1)経済成長を支えてきた「女性の役割」

ビジネスへの女性の進出、という点だけでなく、上記「女性的」資質から鑑みると、ファミリービジネスの三円モデルにおいて、ファミリー、ビジネス、オーナーシップ三要素の間をつなぐ役割にも、今後は女性の影響力や可能性に期待したいところである。とくに、ファミリー要素のメンテナンスや、ファミリー・ガバナンスにおいて、そのコミュニケーション力や交渉力、柔軟性などが発揮・活用されることにも期待は高まる。

敗戦後、我が国がこれだけ急速に復興、および高度経済成長を果たした背景に、本田(2014)は、「戦後日本型循環モデル」の成立を挙げている(図表-3)。

図表-3 戦後日本型循環モデル

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出所:本田由紀『もじれる社会』筑摩書房 2014年 P67

父親は政府の産業政策のもと、社会で仕事に励む。母親はそれを家庭で支えるとともに、次世代の経済活動を担う子どもの教育に意欲と力を注ぎ込む。子どもはそれを受けて高学歴を目指し、受験戦争を生き抜き、やがて就職し経済活動を支える。これら「仕事」「教育」「家族」という3つの領域の間には、図にあるような一方向的な矢印が成立し、循環して機能してきた。そのことによって、日本が戦後、これだけのスピードで高度経済成長が果たせたというわけである。

(2)次世代/後継者を育成する母親としての「女性の役割」

こうした循環モデルが、「父は会社、母は家庭、子どもは受験」という形で、結果的に家族を分断してきた。とくに母親は、家電の進歩などで家事労働の負担が減ることにともない、子どもの教育に力の大半を注ぎ込む、いわゆる「教育ママ」と化すようになる。

図表-4は、本人の学歴に対する家庭の影響力を示すものであるが、アメリカに比べて日本では母親学歴の影響力が強い。子どもの大学以降への進学に関して、母親の学歴の程度が、父親学歴や父親の職業に比して、母親の学歴の程度による影響が大きい、というのである。

図表-4 日本・アメリカにおける家庭の要因と学歴取得の関係

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出所:森岡清志『社会学入門』森岡清志 NHK出版 2010年

「ファミリービジネスにとって、最大の難関」と後藤(2012)も指摘する「承継プロセス」において、後継者世代の教育は、大きなテーマのひとつである。ここにおいても母親である女性の、できるだけ早期のコミットメントが不可欠であることが、読み取れる。

(3)ファミリー・ガバナンスの担い手としての「女性の役割」

法務省「犯罪白書」によると、現在の日本で殺人事件は年間に1000件ほど起きているが、そのうち親族がらみのものは半数以上を占めている。さらに親子間の殺人は約200件、夫婦間は約150件もあるという。「日本でいま最も治安の悪いところをあえて探すとするなら、それは冗談抜きで家庭だと思っています」と、中島(2014)は述べる。一般の路上では「正当な理由」もなく包丁やナイフを持ち歩いていたら銃刀法違反になる。ところが多くの家庭にはそうした「凶器」が常に用意されているのだ、と。

イタリアを代表するファッション・ブランドであり、ファミリービジネスである「グッチ家」において、家族間紛争から殺人にまで至った事件は、有名である。中島の言葉を借りれば、「冗談抜きで」、ファミリー・ガバナンスに手を抜かず、ファミリーのメンテナンスを怠らないことが、ビジネス存続・発展を目指す「リスク管理」のための、最重要課題とも言えるのではないか。

ファミリー内のもめごとを解決し、未然に防ぐためにも、コミュニケーション力、交渉力、柔軟性などといった、女性の資質がますます求められてくるであろう。

ファミリービジネスにおいて、ファミリーは、ビジネス存続・発展のための土壌であり、次世代や後継者育成のための「畑」ともいえる。旧来の「イエ」的風習の中で、「ヨメ」をはじめとする女性が、ビジネス領域においてはもちろん、ファミリー領域でもものを言わぬ日陰の存在であった時代は、今後、おそらく終焉していくであろう。そうなったとき、ファミリービジネスに貢献する、新たな視点での「女性の役割」を吟味・定義・構築していく作業が望まれる。

 

参考文献

・内閣府男女共同参画局 女性の活躍「見える化」サイト http://www.gender.go.jp/policy/mieruka/company/mierukasite.html

・後藤俊夫『ファミリービジネス 知られざる実力と可能性』白桃書房 2012年

・帝国データバンク「2014全国女性社長分析(2014年8月7日)」

www.tdb.co.jp/report/watching/press/p140801.html

・Kerry A.Dolan (Forbes Staff)(2015) The Richest Woman In The World 2015(2015年2月3日)http://www.forbes.com/sites/kerryadolan/2015/03/02/the-richest-women-in-the-world-2015/

・O’hara. W. (2004) Centuries of Success: Lessons from the World’s Most Enduring Family Businesses Adams Media Corp.

・金剛利隆『創業1400年世界最古の会社に受け継がれる16の教え』ダイヤモンド社2013年

・ジョン・カーズマ、マイケル・ダントニオ『女神的リーダーシップ』プレジデント社2013年

・本田由紀『もじれる社会』筑摩書房 2014年

・森岡清志『社会学入門』NHK出版 2010年

・中島隆信『家族はなぜうまくいかないのか―論理的思考で考える』祥伝社 2014年

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